シェアリングエコノミー検討会議と規制改革会議・後継組織
政府のシェアリングエコノミー検討会議(主査=安念潤司・中央大学大学院法務研究科教授)が7月に設置され、さる8月3日までに都合3回の会合を開き、関係シェアリングエコノミー・プラットフォーム事業者からのヒアリングや有識者・学識者のプレゼンテーションが実施されてきた。その内容・経過については本紙『週刊交通界21(8月8・15日合併号)』にも取り上げているところだ。
繰り返しになるが、簡単に整理すると、@会議の趣旨はあくまでもシェアリングエコノミーの推進のためであって、業法との関係などのしがらみによって「できない理由を考える会議ではない」ということを確認A関係シェアリングエコノミー事業者からのプレゼン、ヒアリングを経て提供されるサービス分野ごとに業法との関係、規制や既存業界との関係性にも温度差がみられるB有識者委員の多くは業法との関係について「消費者保護」を錦の御旗にすべきではなく、自主ルールで良いと消費者が了解していれば、役所の出る幕はないと考えている―といったようなところだ。
同会議は今月31日にも4回目の会合を開くことになっており、9月にはとりまとめ素案を提示していよいよ結論へと近づく。これまでの議論の経過からすると、取りまとめでは「シェアリングエコノミーを政府として推進していくことを改めて明記した上で、原則は民間による自主ルールをできるだけうまく運用していくこと。一方で業法により既存事業者や新規参入を希望する者に課された厳格な安全規制等の要件があるものについては、個別分野ごとにさらに検討を深める」といったような書き方になるではないか―というのが、毎回会議を傍聴していての一つの予想だ(予想は外れてしまうかもしれないが)。
そこで各論としての個別分野の検討を委ねられるのが、7月末で設置期限を迎え解散した規制改革会議(議長=岡素之・住友商事相談役)の後継組織だ。規制改革会議の設置根拠や審議事項、設置期限については本紙『交通界ファックスプレス関東版8月24日号』に紹介した通りだ。
1995年の行政改革委員会・規制緩和小委員会の設置以来、「改革は常に正しい」との政治的風潮の下、与党に自民党がかかわる政権では名称の変遷はあっても常に規制緩和を取り扱う専門組織が置かれてきた(その期間の多くはオリックス・宮内義彦会長の強い影響下に置かれた)。
7月末を持って政府の規制改革会議は期限切れを迎えて解散した形になっているが、山本幸三・規制改革担当相は今月15日の定例会見で後継組織設置の意向と議長の人選が進んでいることを明らかにしている。おそらく、本紙が読者のお手元に届いてまもなく、新会議の名称、議長、委員構成も明らかになるのではないか。
政府のシェアリングエコノミー検討会議が積み残すであろう個別具体のサービス分野でもライドシェア解禁、合法化の是非は、この規制改革会議後継組織での検討課題に委ねられる可能性が高い。第2次安倍政権の掲げた3本の矢=金融緩和、財政出動、規制緩和のうち、第3の矢に当たる規制緩和は力強さに欠けるとの批判をたびたび受けてきたこと、実際目玉となる施策が見当たらず、規制改革会議自体が存在感を十分に発揮できなかったとの見方がある。安倍内閣として規制緩和の旗を降ろすことはできず、したがって規制改革会議の後継組織は絶対に必要であり、その会議の検討課題として昨シーズンまでの民泊に次ぐ目玉商品として「ライドシェア解禁、合法化」は最適と考えているフシが窺える。
とすれば、シェアリングエコノミー検討会議の主査に中央大学大学院の安念教授を起用した意味も理解できる。安念氏は7月末で解散した規制改革会議委員であり、地域活性化ワーキンググループ座長として、改正タクシー適正化新法における特定地域指定要件の策定に当たって国交省に強力に干渉し、その意向を丸呑みさせた経緯がある。「解禁、合法化」という結論初めにありきの会議で、この問題を担当するにはうってつけとの見方もできる。規制改革会議後継組織でも委員として起用されるなら、そこでの議論のありようもある程度見えてくるというものだ。
政府の描く法改正シナリオとスケジュール
規制改革会議の後継組織がどのような名称になり、議長の人事や委員構成についてはまだわからない。しかし、規制緩和問題に相当程度精通し、「岩盤規制をぶち抜く」という鉄の意思を持った面々であろうことは想像に難くない。
どのような顔ぶれになるにせよ、今後のスケジュールはある程度想像がつく。時限措置によって解散、衣替えを繰り返してきた経過を振り返ってみると、年度ごとの活動パターンは大きく変わらないからだ。
直近の規制改革会議では、委員構成の顔ぶれが固まると、毎年秋には翌年夏までの検討課題として取り上げるテーマを選定する。その後、秋から年度末〜翌年春にかけて関係省庁や関係事業者・事業者団体等のヒアリングなども交えつつ議論を繰り返し、結論を出す。その結論は翌年の6月中に答申にまとめられ、首相に手渡される。政府は規制改革会議(今年からはその後継組織)の答申内容をそのまま規制改革実施計画として閣議決定する。
昨年から今年にかけて規制改革会議は民泊解禁を答申しており、民泊解禁は政府の規制改革実施計画に盛り込まれた。その結果、主務官庁を中心として民泊新法の法案づくりが現在進められている。
このパターンをそっくり踏襲すると考えれば、白タク・ライドシェア解禁については、政府のシェアリングエコノミー検討会議の「シェアリングエコノミーは包括的に国策として推進していく。個別サービス分野については別途検討」との結論(あくまで予想だが)に沿って今月末から9月初旬にも設置される規制改革会議後継組織に取り扱いが委ねられることになるのではないか。その上で新組織としてライドシェアを検討課題として取り上げるか否かを速やかに検討することとし、その結果、検討課題に取り上げることとなれば、上記の通り関係者へのヒアリングなどを繰り返しながら来年6月中の結論を目指すことになるのではないか。
もちろん、検討課題に取り上げられた場合でも「2016年度中の結論」と明記されず、向こう2〜3年程度にわたって議論していくとの折衷案で決着する可能性がないとは言えないが、政府として目玉施策が欲しいことや、2020年の東京五輪までに白タク解禁を目指すなら急がなければならない。最短コースで進めば、来年6月の答申に盛り込まれ、同月中の政府の規制改革実施計画の閣議決定にも盛り込まれる。
閣議決定して政府の方針として取り組むのだから当然、新法は内閣提出法案になる。また、民泊の例に倣うならば道路運送法の改正ではなく、ライドシェア新法の制定を目指すという可能性もある。主務官庁として国交省が法案作成を担う可能性が高く、その実務がスタートするであろう1年後には自動車局を含め国交省でも人事異動による顔ぶれの大幅な変化がみられるものと想像される。法改正または新法制定を担う官僚は現在の顔ぶれとは異なる面々となる可能性が高い。
道路運送法改正による本格的な規制緩和の実施や逆に旧タクシー適正化新法を制定した際の手続きという前例に従って考えると、このような大規模な規制緩和や規制強化を行う際に国交省は交通政策審議会(道運法改正の際は運輸政策審議会)を開催し、これら審議会に諮問の上で答申を得て、法改正・新法制定に着手してきた。
今回もその通りにするなら半年程度の審議期間を要すると考えられ、その場合来年6月末の規制改革会議後継組織答申、閣議決定から交政審での審議終了、答申までで2017年末または18年初頭を迎える。その年の通常国会に提出し、審議すれば18年夏(6〜7月頃)には新法が成立する。関係政省令や運用通達を整備して実施するのにさらに半年が必要として19年早々の施行という可能性が高いのではないか。過去の常識にとらわれず交政審を開催せずに法案作成に取りかかれば半年程度の時間が節約できる。その場合は18年のうちに新法施行の可能性もある。
全タク連としては、政府のシェアリングエコノミー検討会議の議論を見守りつつ、ライドシェア問題対策特別委員会で事業活性化策を取りまとめたが、その実行が急がれるだけでなく政府の規制改革会議後継組織が検討課題にライドシェア解禁、合法化を取りあげないよう全力をあげて運動する必要があり、それができなかった場合でもヒアリングなどの場で業界の主張を精一杯していくことが求められる。仮に検討課題にライドシェアが取り上げられ、「2017年度中に結論」などと明記された場合には、来年の6月答申に盛り込まれる可能性もあるし、年内や本年度中に結論とされれば、その可能性は前述した通りもっと高くなる。来年6月の通常総会で役員改選を迎える全タク連は富田昌孝会長が続投するのか後継者に交替するのかあらかじめ(おそらく本年度中くらいに)決めておく必要がある。
フォードのぶち上げた花火
こう書いてみると、いかにも絶望的な気がするが、幸運にも白タク・ライドシェア解禁、合法化が阻止出来たり、自民党タク議連や国交省、業界をあげての抵抗で結論が先送りされた場合でも一件落着とはならないだろうというのが記者の見立てである。
完全自動運転車の実用化が白タクの危険性の大半を解決してくれそうだからである。そのことは本紙『週刊交通界21・7月25日号』に詳しく書いた。その時は「それも一つの可能性」という認識だったが、本紙ファックスプレス関東版8月20日号にも報じられた米・フォードモーターによるレベル4の完全自動運転車を2021年までにライドシェアプラットフォーム事業者に数千両規模で提供する計画の発表が、その考えをより強く裏書きする結果になった。もちろん、フォード社の計画の遅れなどによって計画の達成時期が前後したり、頓挫する可能性がないわけではないが、同時期にウーバーもスウェーデンのボルボカーズとの提携、米国内でボルボの車両を使った「無人タクシー実証実験」の開始を発表している。
自動車メーカー各社はライドシェアプラットフォームやIT系ベンチャー企業と業務・資本提携する動きがトレンドになっており、そのこと自体がシェアリングエコノミーの拡大による新車販売の拡大が期待できなくなるばかりか、大幅な市場縮小を見据えた生き残りのため保険であることを物語っている。
フォード社は完全自動運転車の開発促進に当たり、レーダーセンサー開発企業や3Dマップ開発企業などに投資しており、自動車各社がIT系ベンチャーなどに投資する動きは、「すでに工業製品としての自動車が機械工学の最高水準の結晶から、電子機器へと変貌しつつあること」を物語ってもいる。わが国のトヨタ自動車をはじめ世界各国の主要自動車メーカーは自社で抱える人材だけではこれからの完全自動運転車の開発競争で先頭を走る力を失っているのではないかとの疑念も生じる。
白タク・ライドシェアに対する正規タクシー、すなわち既存事業者のアドバンテージとは何か? 決定的な違いは二種免許を持ったプロドライバーが運転し、精密な運行管理と運転者の健康管理を含めた労務管理、加えて日々の点検整備を怠らないという整備管理、およびこれらのノウハウの総計ということになるだろう。
ところがレベル4の完全自動運転車が普及する時代においては「クルマの操縦はクルマ自身に委ねた方が、2種免保持者と言えども人間に委ねるより安全である」ということなる。運行管理、これと表裏一体をなす労務管理、整備管理の3要素のうち前半の2要素は不要になる。加えて整備管理についても既存タクシー事業者だけがアドバンテージを持つわけではないということなる。例えば新車が売れなくなった時代に自動車メーカーが販売会社を養うため、系列子会社で完全自動運転車を保有しライドシェアを事業化することはあり得る話ではないか。整備技術ではタクシー事業者より優れている。
完全自動運転時代のビジネスモデル構築を
あくまで一つの可能性に過ぎないが、人間の運転を前提にした白タク・ライドシェア解禁、合法化を阻止しても、完全自動運転車の時代には業法による規制で安全を確保しなくてもクルマそれ自身が安全を確保する。そういう時代はあと10年先か20年先、あるいは30年くらい先と考えられていたが、フォード社の発表は計画通りなら2021年、最短で5年先の話である。「計画通りにはいかないよ」との声も聞かれはするが、そうした声には合理的根拠は示されていない。全タク連は既存の会員タクシー事業者を守るために、完全自動運転車が実用化され、道路交通法の改正など法環整備も済み、公道を無人車両が走ることへの社会的受容度が進んだ時代が遠くないことも想定して、「既存タクシー事業者でなければできないビジネスモデルを研究し、提示していくこと」が必要ではないかと思う。(了)
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