東京に限らず、タクシー業界全体の最重要課題は白タク・ライドシェア解禁、合法化問題への対応ということは共通認識となっていると言って良いと思う。京都府京丹後市など地方自治体初の交通空白地における白タク・ライドシェア導入の動きは、国土交通省の粘り腰もあって、過疎地等における観光客等の輸送を大義名分に国家戦略特区法改正案では現行法の枠組みに沿った自家用有償運送の範疇に収まる妥協が成立したことはよく知られているところだ（本稿執筆時点では法案は衆院を通過、参院での本格審議待ち）。

特区問題も最終決着とは言えず…
　現在取り沙汰されている消費税率10％への引き上げの延期問題と同様、「法律に書いてあるから」といっても、政府・与党が国会で成立させた法律は政権の都合でどのようにでも変えることができる。現在の消費税法には景気弾力条項はないし、税率10％への引き上げ時期も明記されているが、それでも法改正すれば増税を延期することはできる。特区における自家用有償運送の取り扱いもこれで最終的決着と言えるかどうかは不透明だ。
　一方、全国一律の白タク・ライドシェア解禁を巡る動きについて見てみると、一つにはシェアリングエコノミー全体を推し進め、その中の一つとしてのライドシェア解禁につなげようとする動き。こちらの方は新経済連盟（代表理事＝三木谷浩史・楽天会長兼社長）や楽天そのものが政府の産業競争力会議、内閣官房・ＩＴ総合戦略本部などに意見書などを提出し、その実現を強力に働きかけている。一方、シェアリングエコノミーの中のライドシェア個別の解禁の動きとしては、政府の規制改革会議で道路運送法の改正問題を次期検討課題として取り上げるか否かはこの夏以降に決定されることになる―というのが、今の状況だ。
　こうした状況に対して、タクシー業界全体としては、例えば地方（自治体）でのライドシェア導入の動きへの牽制として、乗合タクシー事例集の作成や個別事業者等によるデマンド交通運行の動きなどがあげられ、東京業界においては「初乗り距離短縮」の実現に向けた運賃組替え要請が代表的な動きとしてあげられる。
これらの諸情勢を踏まえて10日の東タク協理事会で川鍋会長が述べた開会冒頭のあいさつが次の一文だ。なるべく正確を期して再現してみる。

どんどん放たれる敵の矢
　小康状態と言おうか、一時的に国会が終わって国家戦略特区法改正案が衆院で可決され附帯決議が付されました。その内容を見ると、今回特区で認められたのは少なくともライドシェアではないということが明示されています。あくまでタクシーがない地域に限ったものであるということも書かれています。いったん、今国会における闘いにおいてはこういう形で落ち着いたのかなという見方をしています。そう思っていたのもつかの間で、敵からどんどん矢は放たれており、例によって政府系の各種会議に対し、新経済連盟を中心にいろいろな話が出ています。この先どうなるのかは分かりません。
　また、ＩＴベンチャーに対する資金の流れもやや陰りを見せている中、シリコンバレーで活動する日本人の方に、「そろそろウーバーも厳しくなっているのではないですか」と聞いてみたところ、「いやいや、とんでもない」とのこと。「ウーバーは別格だ」と言われてしまいました。がっくりときたものです。他についてはいわゆるユニコーンと呼ばれる時価総額1000億円以上の会社がどんどんヘタって行く中で、「ウーバーだけはさらに良くなっている」と言うんです。彼らと闘うわれわれとしては、「なんだ、そうなのか」という気持ちです。
　同時に、さまざまな報道でウーバーのドライバーたちが集団訴訟を提起し、100億円くらい、ウーバー側が払うことになった。カリフォルニア他計２州でそうなるということです。他の州でも同様の訴訟が起こされ、そこでも数百億円単位の補償をウーバー側はドライバーたちに払うことになるのではないか。数百億円払うということは財務的には厳しいんでしょうが、今回の結論により、「ウーバーのドライバーは正社員であるべきだ」という主張は退けられたことになり、ウーバーの白タクドライバーは正社員じゃない（＝請負事業者）ということが法的にも確定しますので、ある意味で彼らのビジネスモデルの堅さということが示されるというようなことにもなってくるのだと思います。

敵の良いところは見習って
　というわけで、ウーバー側の敵失を待っていても、なかなか敵失をしませんから苦しい闘いなんですが、逆にウーバーを単に敵とするよりも、その良いところを見習ってわれわれタクシーの中にも取り入れていく―と。そういうことに舵を切り直して進んでいくしか道はないんじゃないかと思っています。そのためにはウーバー及びライドシェエアがもたらしているお客様が喜んでいる部分を必死になってマネしていくということしかないんだと思います。
　例えば、タクシー乗務員にレーティングできるということ、評価のフィードバックが可能であるということやクレジットカードで簡単に払えるとか、もちろん素敵なアプリで呼べるとか、いろいろなこと、運賃を上げ下げするような、われわれにマネしたくてもできない部分もありますが、われわれも学んで少しづつでも近づいていく必要があるのではないか。そういうことを改めて思っています。

「地上戦」と「空中戦」
　とりあえず、地上戦としては乗務員の品質向上しかないですし、空中戦としてはアプリの評価向上―この２つくらいしかやることはないんですが、それらを必死にやっていく。地方は地方で別の闘いがあるんですが、東京は少なくとも９割以上は流し営業という中で、タクシーによるオウンゴールをなるべく減らしてサービスをちゃんと磨いていくということが結局のところ近道なのではないかと思います。
　残念ながら、ライドシェアの闘いというのは一歩一歩向こうにとって進んでいます。われわれはいずれ来るであろう「ライドシェアが東京でも始まる日」、そうなったときでも、「自分たちは最良の準備はしたんだ」と言えるまでわれわれ自身に問いかけながら、準備を進める必要がある。いざオープンになったとき、「予想したよりも大丈夫だったね」「タクシーが支持されたね」という世界を作るしか、われわれにとって闘う術はないのではないかと思っています。

これから長い闘いに
　いま、ライドシェアが始まったらいろいろと事件や事故が起きると思いますが、そうは言っても安いですから、お客様はそちらへ流れます。そういった面をどうやって最小限に食い止めていくのか？これからまだまだ長い闘いになると思います。オープンになってからも闘いは続くと思います。それぞれが努力していくしかないかなとゴールデンウィーク中も必死に考えて、いろいろやることも打ち出していきたいと思っています。

　概ね前段で解説したことと合致しているが、やや気になったポイントにも触れておきたい。これまでタクシー業界は労使ともに「白タク絶対反対」を前提にしてさまざまな対策を検討、実施してきたとされている。東京業界における初乗り距離短縮に向けた運賃組替え要請についても、白タク阻止のためには必要な措置と受けとめられてきた。

遠くない「Ｘデー」
　しかし、今回の川鍋会長のあいさつでは「東京において白タク・ライドシェアが始まる日」があり得ることを前提で話を進めており、むしろ初乗り短縮は白タク解禁後のタクシー業界側の反撃のツール、あるいは打撃を最小限にとどめるため＝ダメージコントロールのツールとしての印象を強く受けた。
記者個人はその考え方を受け入れるが、あいさつ全体の印象としては「Ｘデー」は遠くないとの印象も抱く。受けとめ方に個人差はあろうし、これまでもライドシェア問題に対する危機感には事業者ごとに濃淡があったことも事実だから、あえて気にするほどのことでもないと言えばそれまでなのだが。
　これからの１年における東京業界の課題となると、最大の懸案はやはり初乗り距離短縮運賃の実施ということになるだろう。南多摩交通圏の特定地域指定に伴う、特定地域計画の策定やその後の個別事業者による事業者計画の立案、実行など全国の指定地域にどのような範を示すことができるかなども重要課題に違いないが、まずは個々の事業者の短期的利害に直結する初乗り短縮運賃の成否が注目される。
　７割ルールをクリアできるかについては、大きな懸念はないものとみている。確かにスタートダッシュからすると、大手事業者の要請書提出がほぼ一巡し、初乗り短縮反対・慎重派の一部準大手事業者を除けば現時点での要請書未提出事業者は中小零細事業者が大半で協会非加盟者も多いとなると、ここから先の要請率の積み上げは極めてゆっくりということもあり得る。関東運輸局管内の他地域の運賃改定要請と比べれば動きはやや遅いが、要請書提出開始が１週間先行し、いまだ要請率20％そこそこの大阪辺りと比べれば随分進んでいるわけで、期限まであと１カ月以上残していることを考えれば「７割クリアならず」という事態は考えにくい。
　クリア後については、政府として消費税増税を再び延期するのか否か、その決定次第で、初乗り距離短縮の実施時期を巡ってもう一度、議論があるかもしれない。もっとも、この点について川鍋会長は事業者向の説明会で「増税延期があっても予定通り2017年４月１日に実施したい」との考えを表明済みだ。
　初乗り距離短縮実施後の事業者の収益に対する影響については、端的に言えば「やってみなければわからない」ということに尽きるが、現在の総営業機会に占める初乗り乗車の割合は個々の事業者によって異なり、要請書は初乗り乗車率に応じて初乗り410円の場合、同490円の場合など合計で12種類あるものの、最終的に公示される初乗り運賃（上限）額は１種類である以上、増減収やその程度は個々の事業者ごとに異なってくることは間違いない。
　ただし、新運賃の算定作業が現行の原価計算対象事業者を対象に行われるならば、東タク協経営委が提示したシミュレーションの初乗り乗車率よりも、原計対象事業者のそれの方が高率になるのではないかとみられる（現行、原計事業者には大手４社が含まれていないため）。このため、経済情勢が急速に悪化するといった特殊要因が生じない限り、初乗り短縮による減収といった事態は理詰めで考える限り発生する可能性は小さいのではないかと想像している。もっとも長時間駅の乗り場などで待機していた乗務員が短距離客に対して失礼な態度をとる可能性は以前より高くなるのではないかとの想像も容易にできるので、評判を落とさないためには、現場＝ドライバーの協力が得られるよう努力する必要もある。

それでもライドシェア解禁に傾いたら…
　さて、細かい話はこれくらいにして、仮に川鍋会長のあいさつのように初乗り距離短縮を実施してもなお、政府系の各種会議等での議論がライドシェア解禁に大いに傾いたという場合、もはやそれを阻止するためのカードは短期的には手もとにはあまり残っていないということになる。あとは地道にやれることを積み重ねていくだけで「最良の準備はした」と言えるよう既存のサービスを中心に磨き抜いていくしかない―ということだろうか。（了）
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