―タクシー規制緩和は一般には2002年の改正道路運送法施行からとされていますが、実質的には免許制時代の1997年の需給調整規制段階的緩和やゾーン制運賃の導入が先行しています。02年になってようやく改正道運法が施行され参入・増車の自由化、下限割れ運賃の個別認可が始まりました。ここまでの総括、評価をお願いします。
富田 会長就任以前のことについては正確に発言できませんが、段階的規制緩和については当時の運輸省もトラック・バスが先行していたとはいえ、経験のないことですから業界の意見も聞きながら試行錯誤していたのだと思います。改正道運法成立後の運用基準策定でも苦労されましたが、結局はああいう形で参入・増車は自由化、運賃も下限割れでも個別審査、認可ということにならざるを得なかったのではないでしょうか。
改正道運法施行後の状況は皆さんご承知の通りで、当時は全産業的に規制緩和が進められ、「規制緩和=善」ということになっていました。90年代前半のバブル崩壊後には国中の経済情勢は悪化していましたから、タクシー規制緩和のタイミングとしても非常に悪かった。その弊害は特に大きく出てきた。7年前の東京の運賃改定は「これでは食べていけない」ということで、「何とか運賃改定を」という思いで手を付けたものです。しかし、物価安定政策会議の中では「このデフレ不況の中で、なぜ値上げなのか」とクレームが付き、「タクシー業界は甘えるな」という声も大きかったわけです。事業者は個別に7〜30%程度の改定申請を行ったわけですが、最後に認可になったのは最低レベルの7%だったということです。物安会議としては「これで良ければ持ってけ」というような感じでもありました。同時に、国交省に対しては「供給過剰なのに価格が上がるタクシーはどうも変だ」ということで良く検討するようにという話もあって、交通政策審議会に「タクシー事業を巡る諸問題に関する検討ワーキンググループ」が設置されました。同審議会委員の中には物安会議の委員を兼ねている方もいらして、「タクシーではなぜ市場原理が有効に機能しないのかわからない」という話もありました。個別の委員の方々からタクシーとはどういうものかを教えて欲しいというお話もありましたし、それらにも対応し、議論を重ねる中で「タクシーは供給過剰状態にある」ということがはっきりしてきました。供給過剰が招く不具合を1つひとつ抽出していく作業を行うことで、これを放置することはできないということになりました。
供給過剰では運賃は高くなる
事後的措置を含め対策案は色々ありましたが、私としては業界代表として「供給過剰を放置しておけば運賃は高くならざるを得ない」ということは申し上げ、「需給調整をきちんとやり、適正需給を実現すれば、運賃値上げは必要なくなるかもしれませんし、あるいは安くすることもできるかもしれない」ということも申し上げ、そこから委員の方々の理解は深まり、その後国交省からは「7.11通達」が出され、まずは新規参入、増車がストップされることになりました。
不況で需要は減り続ける中、規制緩和で増えてしまったクルマは現にそこにある。少なくとも、小さくなった需要に合わせた供給にする必要があるだろうし、そうでなければ、また値上げを繰り返すことになる。だから需給のバランスをとろうということで、旧・タクシー適正化新法の成立につながったわけですね。ただ、当時も規制緩和万能論が根強くある中で、強制減車を含む完全な需給調整規制や完全な同一地域・同一運賃はなかなか通用しないということで、事業者の自主努力をよりやりやすい形にしようということでああいう法律になったわけです。思う通りにはできなかったけれども、だいたいの方向性くらいは付けられたのではないかと思っています。その後は、協議会の開催を通じて業界は様々な努力をしてきましたが、最後の仕上げという部分で、輸送力削減にまだら模様もあって「締りがつかないな」「この法律ではこれ以上無理だな」―というところまできました。全タク連としては旧法下での4つの課題を掲げて、タクシー適正化新法の改正案を策定、成立させてもらおうとなったわけです。
下限割れでやりたいのは全国7000社のごく一部
ようやく改正案は成立し、今年1月から施行されたわけですが、まだ特定地域の指定基準は固まっていませんし、政府の規制改革会議からは先日からクレームが付いていますし、マスコミも騒いでいます。実は減車が嫌だからということで、事業者の中にも特定地域にならなくても良いという人はいるでしょうし、低運賃・下限割れでやりたいという人もいる。しかし、全国の法人7000社でそれはごく一部です。何にしろ、旧法下で行き詰った部分については新法における特定地域に指定されないことには打開する余地はないと思っています。ですので、特定地域指定を受けた上で、協議会運営を何とか乗り越えられればと期待しているところです。
戸崎 日本の産業界で規制緩和を求める声が大きくなり始めたのは、90年代の前半です。バブル崩壊後、デフレ不況時代の到来で、94年頃から本格的な規制緩和の流れになってきました。規制緩和という言葉に象徴されるようにあくまで「緩和」であって、急激な制度改変を望んではいなかったというのが行政の立場でした。英語ではデレギュレーションと言い、規制をなくすという意味でしたが、規制「緩和」とうまく読み替えていること自体、当時の政府の在りようを象徴していますね。それが一挙に崩れ始めたのが小泉政権の登場辺りからで、「聖域なき改革」ということで、文字通りの規制撤廃に変わってきた。背景には90年代後半の北海道拓銀や山一證券の経営破綻などがあり、徹底的な環境の変化もあり、特に市場原理を重視する民間議員を入れて経済財政諮問会議をフル活用した。その結果が小泉政権時代に結実したということがあります。
「タクシー=お金持ちが乗るもの」というイメージで
また、規制緩和を行うに当たっては、本来やるべき分野があるはずなのですが、相対的に政治力のない業界などでは深掘りがしやすいし、タクシーについて言えば一般通念上、「裕福でお金に余裕のある方が乗るもの」というイメージもあって、規制緩和の対象とすることが世間受けしやすいということもあったでしょう。本来ならその公共性など真剣に論じなければならないのですが、性急に結果を求めたので、地方・郡部で撤退、廃業によりクルマが足りなくなったり、都市部では参入、増車により供給過剰になったりしました。市場特性は地域によって差があるにもかかわらず、その辺りは置き去りにして、全国一律に自由化を推し進めてきた。その結果が、尾を引いて、今日につながっているとわたしは考えています。
実際に規制緩和してみると、思わぬ弊害も出てきましたし、確かに「やってみなければわからない」という部分もありましたから、そこは検証していかなければなりません。その検証については、ここ数年の内でも民主党政権の時代に手が付けられた部分は大きかったのではないでしょうか。運賃のダンピング競争といったものは想定外のことだったのか、また、実際に運賃競争の激化は報告されてきましたし、新規参入についても必ずしも優良適格な事業者ばかりではなく、問題のある事業者も少なからずあった。競争を促進する観点からは、そこは監査等により公正競争の環境が担保されなければならなかったが、監査要員はもっと増やす必要があったのに、実際には「小さな政府」志向が強く、それもままならなかった。そういう状態からどう正常化するのか?そのためにはいったん、市場を凍結してでも、正常化のきっかけを掴むタイミングが必要だったのであり、それが旧タクシー適正化新法の成立だったのではないかと思います。
この法律によりある程度進んだ正常化した市場がどこまで恒久化できるか―ということが一つの論点になると思いますが、あくまでも公正競争ができるような環境を担保できる状態に戻すための暫定的な期間とみなさなければ、一般的な支持は得られなかったのだろうと思います。政治的な背景事情もあって、いまは非常に特殊な状況だろうと思いますね。
また、新旧タクシー適正化新法はあくまで地域と期間を限定しての措置ということになっていますが、特に期間を区切ることについては、そうしなければ事態の改善は進まないと思うんです。改革意欲を持続し、かつ法定協議会における取り組みも特定地域等の指定期間の前半部分に集中してやらなければ、事態は動かないのではないでしょうか。そうでなければおそらく掛け声だけで終わってしまう。危機感を持つためにも、暫定性をある程度認識して取り組む必要があると思います。
―その意味では新法における特定地域指定期間の3年、更新は1回限りというのは妥当だと?
「指定期間3年、更新1回限り」の妥当性
戸崎 妥当だと思いますね。3年は短いですし、その中でも最初の1年間に相当集中して取り組まなければならないと思います。過ぎたことになりますが、本当なら旧法時代の協議会の中で新法に備えて色々と準備をすることはあったような気がします。旧法時代も最初の1年で事業適正化がある程度進み、その後は活性化に議論の中心が移っていった。しかし、活性化は法律で後押ししなくても、個々の事業者が汗をかけば良い部分も多く、この法律の政策的意義、主軸としては適正化だったのだと思っています。これはちょっともったいないことだったというのが私の認識です。
―全タク連としては旧法下の問題点として4つの課題を挙げ、その4番目は特定地域指定解除後への不安ということでした。新法が十分に機能を発揮して適正需給が確立すればするほど、指定解除は早まることになります。その点についてはどのように整理されているのでしょうか。
富田 根っこにある道運法は規制緩和のままです。そこを変えないと、4番目の課題=特定地域指定解除後の不安を完全に解消することはできないと言われています。しかし、現在の世情からは最初からそれ=道運法の抜本改正をやることは現実的に難しい。できることは何か?と手さぐりで一歩、一歩前進しているわけです。政治の世界ですから、「これはできるが、こういうことはできない」というものもあります。当時の状況としては「道運法の改正まで言うなら、われわれは協力できない」という話になってしまいまして、「じゃあ、何ができるのか、どんなことならできるのか」ということになるわけです。色々と検討した結果、まず供給過剰の是正と運賃では下限割れをなくしていこうとなった。いまはまさに絆創膏を貼りあわせるようなことになっていますが、現状では仕方がないことだと思います。徐々に、本来の思いの方へと動かしている。
仰天するような規制強化じゃない
今回の法改正は自主的な枠組みだけだったものから、より規制の強いものへと変わったわけですが、私からすれば当たり前の方向性なんです。世界中を見渡しても需給調整規制も運賃規制もしっかりやっている。仰天するような規制強化じゃないわけで、正常でない現状を正常化するだけのことです。世界中で何でもかんでも規制緩和が正しいんだという考え方について、「どうもそうとばかりは言えない」という機運が出てくるまで、何とか業界を生き延びさせるというのが私の役割だったのだと思います。在任中には政権交代が2回もありましたし、それでここまで来るのに結局7年も掛かってしまった。
先生のお話にもありましたが、適正化・活性化ということではわたしはほとんど適正化の方に掛かり切りで、活性化については必ずしも熱心に取り組んだとは言えません。活性化は次の世代の方々が良い知恵を出して取り組んでくれるでしょうし、私の仕事としては適正化をきっちりやり遂げることだと思っていました。すでに施行されている新法での特定地域指定の問題をできるだけ早く片付けて、実行できるようにして欲しいなと思っています。そこでしっかり取り組んだ上で、最後は政府の力で景気浮揚をということをお願いしておきたい。タクシーの総需要は伸び悩んでおり、まだ落ち込んでいる地域も多い。これまでの取り組みを活かすためにもそこはお願いしておきたいですね。
戸崎 私個人の思いとしては、特定地域指定の解除になったとしても、直ちに増車競争になるとは思っていません。昨年はタクシー新法だけでなく、交通政策基本法が成立しており、政府として交通政策基本計画を閣議決定することになっています。また本年成立した改正地域公共交通活性化・再生法では、交通政策基本計画に沿って市町村や都道府県が地域公共交通網形成計画を自主的に策定することになりました。その枠組みによって一定の制限が生じるのではないでしょうか。タクシーの地域協議会の活動は、あるいは地方分権に向けた先駆的な動きだったと言えるかもしれません。
地域の公共交通全体について論じることになれば、当然その中で地域のタクシーのあり方についても論じることになるはずです。ですから、改正タクシー適正化新法の特定地域指定が終わったら、直ちに元の木阿弥ということにはならないと思っています。その意味では、タクシーの問題をそちらの法的枠組みの中にどうやってうまく引き継いでいくかという議論が必要なのだと思います。
法定協議会の連携・連動を積極的に
各法定協議会の連携、連動とタクシーと他の公共交通機関間の問題にももっと積極的に取り組む必要があるのではないでしょうか。例えば、タクシーだけでなく、同じように道路上で商売をする複数の交通機関が同じ土俵で議論できるような規制のあり方が好ましい一方、タクシー業界のように動ける業界がまず動いて、直接の所管法令の改正に結び付け、ここまで持ってきたということ自体は大きな成果だったと思います。
また、規制そのものの在りようも昔とは違ってきています。かつては政府が一方的に法律に基づいて規制していたわけですが、現在では規制強化になる場合でも協議会方式で地域の関係者の合意形成を重視する形になっています。結果として規制強化であっても、こうしたスタイルを一方的に昔ながらの規制強化と決めつけることもおかしいのではないかと思います。だからこそ、協議会の場での議論、合意形成の過程は重視されなければならないのですが、合意形成に重きを置いていることにはなかなかマスコミは触れてくれませんね。規制強化になる場合でも協議会を通じてボトムアップ方式といっても良い。特に、タクシー新法においては協議会の構成員に地方運輸局は加わらないことになりましたから、そういう傾向が一層強くなりました。このことは、市場の側からの事業適正化の努力だとみてもらわなければならないと私は考えています。
ただ、一つだけ心配しているのは、地域公共交通活性化・再生法は地方での生活交通の維持、確保を念頭においたものであり、どう供給を確保していくかというのが出発点です。東京のような大都市部のタクシーの場合にはむしろ、どう供給を抑制していくかということが課題であり、地域の公共交通という土俵は同じであるものの、方向性は逆なので、ここがどのように取り扱われるのかということはあるでしょう。一方でまた、東京は2020年の五輪開催を控えて、今後供給を増やせという声が高まる可能性もあり、それが正しいのかということも検証の必要があり、その意味で東京こそ特殊な地域だということも言えるのですが。
―交通政策基本法や地域公共交通活性化・再生法も総動員して、あらゆる交通モード、そこにタクシーも含まれるわけですが、その中で需給関係もきちんとコントロールできるはずだというお話でした。一方で、事業者側にはそうした法律の枠組みを生かそうという意識が、また、自治体の側にはタクシーが公共交通機関であり、法定協議会でタクシーのことも議論しなければならないという意識は低い気がしますし、業界として積極的に啓蒙、啓発していかなければ自治体の側で自然に意識が高まるということはないのでしょうね。
自治体関係者の啓発に力を
戸崎 まったくその通りで、業界側から意識的に働きかけていかなければ従来のタクシー規制も不要だ、東京なら五輪を控えて「どんどんクルマを増やしてほしい」という単純な感覚になるでしょうね。もう一つ言えば、東京の場合、特別区・武三交通圏と多摩3交通圏では地域特性がまるで違うのに一貫して合同協議会として開催されてきたこともちょっと残念なことだったと思いますね。テマヒマは掛かりますが、地域事情に応じた議論を細かくやるべきだったと思います。
富田 これまでの業界を振り返ってみますと、タクシー業界は東京都とのパイプがほぼまったくないんですね。予算や税制のことで毎年陳情はしていますが、実質的にはその時だけのつながり、その都度、東京都と相談しながら動いてきたという実績はありません。都内には法個5万両近くのタクシーがありながら、都は警視庁を除けばほぼノータッチだった。
先日、舛添要一都知事と話をする機会があり、タクシー問題について協議しました。特に、五輪対応という点ではタクシーは重要な役割を果たし得るものであり、業界としてもできるだけ都の希望に対応できるよう努力するといったことも話しました。ですから、都としてもできる限りの支援をタクシー業界にして欲しいと。業界の現状やこれからの五輪対応としての業界の取り組み方についてもご説明し、ご賛同をいただきました。どう進めていくかについては「東タク協の川鍋(一朗)会長にも引き継いでいきますからよろしくお願いします」ということも説明させていただきました。
戸崎 国だけでは手が回り切らないということもありますから、都としての関与を強めていただくことは大変結構なことではないかと思います。これまでの協議会でも都や市区町村の存在感は非常に薄く、各自治体でも人材を投入して関心を持っていただきたいですね。従来から、どこの都市でも都市計画の中に交通機関のことは書かれていないことが多いので、そういう不備は今後見直していく必要があるでしょう。
富田 知事からはご協力をいただけるというお話でしたので、今後には期待して良いのではないかと思います。
―旧タクシー適正化新法時代の3年間で例えば、東京特別区・武三交通圏なら業界標準として20%の減休車に取り組み、平均で18.5%の輸送力削減に至りました。活性化の取り組みはやや付け足しのような印象もありますが、ここまでの事業適正化、活性化の状況をどのように評価されますか。
富田 まあ、仕方がなかったのかなという気もします。私としては当初、道運法の抜本改正で強制減車を実現したかったわけですが、それが自主努力を基本とする法律の制定にとどまったという点で、ここまではやれた。全国の業界の方々もよく協力してくれたのではないでしょうか。しかし何と言っても景気が悪すぎて、輸送力削減はやってもやっても追いつかないという感じです。需給面では全国平均で約13%の削減になりましたし、下限割れ運賃も解消に近づきました。13%で約2万両超の減休車になるので、これは大した数字だと思うんですが、景気が悪すぎて経営が良くなったとか賃金が上がったとはっきり目に見えるものでないと、「もう一歩、やってみよう」とはなりにくい。実際には効果があるから、ここで踏みとどまっているはずなんですが、そこはなかなか見ていただけない。非常に残念なことですが、旧法ではきちんとした規制の歯止めがかかっていないものですから、その効果も限定的というか、薄かったということですね。新法では協議会がうまく機能すれば、もっと効果は出てくると思っています。
―あくまで事業者の自主努力に頼るという旧法の構造的限界はありますが、その時代の3年間での協議会運営等を通じての課題についてはどのようにご覧になりますか。
戸崎 東京の場合ですが、スタートダッシュは良かったと思うんですよ。関東運輸局の幹部の皆さんも準備会等も含めて大変汗をかかれて努力をされた。具体的な輸送力削減の目標値も設定されて、実際にそれに向かって収れんされていった。事業者にとってタクシーは大変な財産であり、それを約5分の1も削減できたということは非常に大きな成果だと思います。ただ、課題としてはその後の展開であり、繰り返しになりますが相当初期の段階で17〜18%程度の減休車ができたわけで、その勢いを保ったまま、新法の仕組みに繋がるような動きをするべきだったのだと思います。
議論すべきだった下限運賃の妥当性など
例えば、下限運賃が下限として本当に合理的な根拠があるものなのかとか、あの場で議論できれば良かった。新法における公定幅運賃も従来の自動認可運賃の下限額をそのままスライドしているような単純な面もありますから。こういう運賃のあり方や、最高乗務距離規制の合理性などについても納得のいく根拠を協議会で提示できていれば、社会的認知を得られたのではないでしょうか。そういう本来議論すべき課題が、いつの間にか活性化論議にすり替わってしまい、議論そのものが易きに流れてしまった感がありますね。また、協議会の運営という点では、旧法時代の方が、構成メンバーは新法になってからよりも適正化に前向きに関わっている方々ばかりで、そういう困難な課題も議論しやすかったはずなんです。新法時代に入って、低額運賃事業者や増車訴訟を国と争っている事業者なども加わってきて、議論は混沌とする様相となりました。混沌とする前にワーキンググループなども作って、徹底的に議論しておくべきだったなと思っています。
―新法施行後は公定幅運賃が実施され、消費税転嫁が同時に行われつつ、いわゆる下限割れ運賃が26社にまで減少するなど一見して大きな成果だったように見えます。一方で、大阪、福岡ではエムケイ等が行政による運賃変更命令、行政処分差し止め請求訴訟を提起し、仮処分が認められたことで、運賃面に関しては実質的に法改正の意味がなくなってしまいそうですが。
立法の趣旨は否定されていない
富田 私はそうは思っていません。司法判断が確定するまでに時間がかかるかもしれませんが、これは期待感も込めつつ立法の趣旨が理解されるものと思っています。もともとは幅運賃などというまどろっこしいものは嫌いなので、同一地域・同一運賃が良かったんですが(笑)。
戸崎 先ほども申し上げましたが、下限額の適正さを議論したら、それは難しい話になると思うんですよ。今回の仮処分決定では公定幅運賃そのものは認めている。認めながらもその下限額が妥当なのかどうなのかと疑問視しているわけで、そのことがただちに立法の趣旨を否定したものではないと私も捉えています。
だからこそ、下限に対する議論は常に行われなければならない。技術の進歩や経営の改革が進むということもありますから、絶えず見直していく必要はあるでしょう。その上で、司法の場で争われ、そこで負けたということが確定すれば、それに応じて見直す必要が出てくる。下限は常に動くものであって、一旦決めた額を恒久的なものとすることはできない。問題はダンピングと言えるレベルの運賃を適切な設備・労働投資をしながら常時設定できるのかということで、そこの部分は即時抗告や本訴の中で司法としてもしっかり判断してもらわないといけないと思います
―新法移行後の協議会運営の課題についてはいかがでしょうか。アウトサイダー事業者を含めて、構成員は増加することが避けられず、議論のとりまとめは難しくなる傾向も予想されます。
戸崎 東京では新法施行後、2月18日に協議会が開催されました。本当は色んな人たちが入ってくることは望ましいことなんですよ。こういう協議会では一部の人たちの議論ではなく、外であれこれと批判しているだけでなく、中に入ってもらって議論すべきでしょう。協議会の設置要綱では構成員の区分ごとに発言時間を会議全体の15%に制限する条項もあったと思いますが、むしろそこが問題。資料等は事前に配布し、各構成員が読み込んできていることを前提として、徹底的に議論する時間をとるべきです。
小委、WGで徹底的に議論を
そのためには従来通りに会議をやっていたのでは間に合わないので、小委員会やワーキンググループを設置して、課題ごとに事前に議論を深めておく必要があるのだと思います。本会議の回数も一定以上確保する必要がありますし、小委またはWGを徹底的に開催し、需給や運賃、最高乗務距離の合理性などについて細かい議論をしていくべきだと思っています。そうしないと、この難局は乗り切れないし、そういう準備をしておかないと特定地域に指定された場合、しこりが残ることになると思うんです。
富田 2時間程度の会議で、しかもあれだけの人数で深い議論をすることはなかなか難しいなと感じました。セレモニーのような会議になってしまっては意味がないし、その点では先生のご意見に賛成です。WGを作って、そこで密度の濃い議論をすることなしには、課題の解決は進まないように思います。私自身はこれからの協議会には出ないことになりますが、課題ごとにWGを設置し、集中して議論して欲しいなと思いますね。
戸崎 前回の会議でもそうでしたが、利用者代表などから専門的な事柄への質問があったりして、それを説明することに時間を割くこと自体がもったいないと思います。専門的な議論は申し訳ないが、専門家中心のWGでやっていかないと。本会議で説明に時間をかけても、そこで議論が直ちに深まることでもない。論点はしっかり押さえていくWGのようなものは必要なのだろうと思います。
―WG方式と言えば、今のお話にあったように協議会の構成員の中から課題ごとに設置し、専門家を交えて議論するというイメージを持っていましたが、一方で、特定地域に指定された場合には特定地域計画の合意要件をクリアするため、つまり地域のタクシー総台数の3分の2以上かつ大手、中小、個人の過半数をクリアするための事業者だけの小委員会のようなものも必要なのかなという気がしていますが、この点についてはいかがでしょうか。
富田 独禁法適用除外との関係で、東タク協など事業者団体でどこまでやって良いのかという点については注意が必要なのだろうと思っています。ただ、何もしないと議論は進みませんから、そのことを踏まえた上で、気を付けて議論し、その結果を協議会に持ち込んでいただくということになるでしょうか。
戸崎 本質的なことを言えば、総量規制がある中で、事業者の新陳代謝をどのように図るかということも重要です。それがまさに質の担保であって、乗務員登録制の拡充も絡めつつ、全体の台数をコントロールしながらも、優良な事業者が選ばれていくような枠組みをどう構築していくかということも考えなければならない。
一方、台数規制を実効あるものとするための、独禁法との関係については政治決断そのものなんだろうと思います。でなければ事態は何も変わらないわけで、そのためにも政治的な働かきかけは必要になるのでしょう。
―特定地域の指定基準のあり方については現在国交省で検討中です。旧法での特定地域155地域は新法での準特定地域にそのまま移行しましたが、昨年の国会審議では法案を通すため、「新法での特定地域指定はより厳しい客観的基準により指定する」とされ、「旧法上の指定地域の半分程度まで減らす」との話も出ています。
問題があるから指定され、解決できないから新法ができた
富田 準特定地域は155地域がそのまま移行して指定されました。しかし、個々の地域の皆さんにとっては「155」ではなく、自分の地域がすべてなんです。あっちの地域を指定するから、あなたの地域は外さざるを得ないと言われて納得できる話ではないんです。問題があるから旧法でも特定地域に指定されたのだし、その問題がきれいに解決しないから新法を作って欲しいと言ってきたわけで、初めに特定地域は半減ありきというのもおかしい。それが4割でも6割であっても、実態には沿わないと思うんです。国会ではそういう質問が出てしまったから、仕方なしに半分という答弁も出てしまったのだと思いますが、実際に細かく実情を見てみると半分では済まない。
戸崎 ご指摘の通り、実態に合わせて考えるべきなんです。先にいくつ指定するとか数があるべきではないと思います。この3年間で事態が大幅に改善して特定地域から外されるのであれば、それは慶賀の至りであってそうあるべきなんですが、改善の結果半数に減るのはまったく問題ないが、改善されないままに初めに数字ありきで外されてしまうということは避けなければならない。
3年間で事態が悪化した地域もあるはず
規制改革会議の主張なども見てみると、印象として規制緩和に例外を認めたくないという思いはあるんだと思います。しかし、それは立法の趣旨からは外れるものであり、景気の実態からするとむしろこの3年間で事態は悪化したという地域もあるんじゃないか。そういう実態に沿って、指定地域が155から増加しても致し方ないことなんじゃないでしょうか。タクシーの場合は補助金も絡みませんし、財政の問題はない。立法により強力なツールを得たのですから、他産業にみられるようなケースとは大きく違う。
―この3年間で乗務員の賃金にしろ、一定の改善を見たのだと思います。しかしながら、人手不足の問題が全産業的に激化し、タクシー業界の競争力が労働市場で十分に高まったと言うには程遠い。特定地域に指定されたところで、どれほどの地域が具体的な事態の改善にこぎ着けられるような立派な特定地域計画に合意できるのかは疑問もあります。これほどハードルの高い合意要件を課されているのですから、相当難しいと思えます。
富田 各地域での協議会運営の実態はこれまでと違ってくる可能性もあります。そこで良いサンプルがあればと思うんです。東京がそうなると言い切れるものではありませんが、指定された特定地域の中で、「こういうふうに直していくんだよ」というものを作っていかないといけない。
そもそも論になりますが、最初に旧法の特定地域155地域を全部、新法の準特定地域にしたのは間違いだったのではないかと思っています。むしろすべてを特定地域に指定し、その中である程度の改善が進んだとか、さらに手を加えていけば良くなっていくという地域を準特定地域に後からしていけば良いのであって、そもそも準特定地域は特定地域指定解除後のセーフティネットという話だったはずです。それが何故か逆になってしまって、準特定地域の指定が先にあって、その中から特定地域に格上げしていくということになってしまいました。これは確かにやりにくいなという気がしていますね。まあ、実際にはそうなってしまったのだから、仕方がないんですが、指定基準が固まって特定地域指定がされればこの法律の枠組みを活用してどうやって事態を改善していくかはまさに我々業界にかかっているということになります。何にしろ、業界外から見れば規制の強い法律が出来ること自体が面白くないわけですから、規制改革会議だけでなく、マスコミも騒ぎますし、本当に難しい問題です。
「協議会間格差」を懸念
戸崎 旧法時代から地域協議会間格差ということはあったと思います。東京のようにあれだけの資料を作り、揃えることのできる地域と、東京の資料を基にして適当に焼き直したところもあります。ですから本当に「東京モデル」というべきものを先行して作る必要があるだろうし、全国で情報を共有できるような仕組み、また各地方からボトムアップできるような仕組みが必要だと思いますね。特に新法の下では協議会の構成員から運輸行政が外れましたから、額面通りなら協議会間格差は拡がっていくのではないかと懸念しています。
―一般紙やテレビ、ネット上の各媒体などでの報道では、東京(日本)のタクシー運賃は高いということになっています。開発途上国との比較にあまり意味はないと思いますが、先進各国との比較で本当に東京のタクシーは高いと言えるのでしょうか。
戸崎 例えば韓国のようにタクシーが公共交通機関として認知されているような国では補助金のような格好でお金も入っています。日本ではそういうものは非常に少ないし、自動車大国でマイカーが主導で、タクシーが補助的な手段でしかないという位置づけの中で、途上国とは違う。途上国ではマイカーは後景に退いていて前面に公共交通としてタクシーも位置づけられているため、それは安い価格で提供されなければならないという側面がある。そのため、国がサポートしなければならないということはある。欧州ではどうか?ヨーロッパではタクシーは高い。米国でも安いという実感はない。
一方、日本ではタクシーは昔から富裕財であって、ここまで他の公共交通機関が発達している国だということもある。電車、バスが網の目のように発達しており、他国ではそこまでではないケースも多く、タクシーの位置づけそのものが日本とは違っています。それを考え合わせると日本のタクシーが特に高いとは考えるべきではないと思います。個別空間の中でそれだけの付加価値は十分に提供されているはずです。
富田 海外でも最近ではチップの相場が運賃額の20〜25%くらいになってきましたから、先進国との比較でそれほど高いものではない。
最近私はあちこちで運賃問題のお話をさせていただいていますが、要するに運賃問題は初乗りと爾後加算のあり方の問題なんですね。7年前の物安会議では委員から「停めてと言ったら、その直後にメーター運賃が上がった」といったような苦情も聞きました。真面目な顔をしてこういう話をするわけです。一般の利用者の感覚は概ね、これと同じようなものなんです。友人、知人に聞いても、「ニューヨークやロンドンのタクシーが高かった」という話は出てきません。
NYのタクシーが「安い」という印象
ニューヨークのタクシーは「安かった」と言うんですが初乗り5分の1マイル(約320メートル)3ドル(約300円。エントリーチャージ2.5ドル、州税課金1乗車0.5ドル、以降加算0.5マイル毎0.5ドル)ですから、東京の初乗り運賃を250円くらいにしてやれば、みんな「それは乗りますよ」というわけです。最終的に乗った距離は関係なくて、ただの印象の話なんですけどね。爾後加算も30円くらいになれば、上がるテンポはあまり関係ない―と。「乗りやすくなるし、敷居は低くなる」と皆さん口では言いますから。
事業者にこの話をすると、「冗談じゃない」と言う。初乗り部分はイニシャルコストとしてやや高めに設定し、その分加算部分は若干安くなっている―そういう構造で全体が厳しく査定されており、初乗り短縮だけを先行させれば当然、採算が合わないという話です。採算ということでは今でも苦しいわけですから、根本的に運賃制度を考え直そうというのが狙いです。刻み方を変えれば良いという話なら、外国と同じようにすればということで、ロンドンやニューヨークに合わせてやれば文句も出ないのではないかと思っているんです。東タク協ではこれから専門委員会等で検討が始まろうかというところなんですが… 。
―初乗り250円とか加算30円とか数字が注目されてしまっていますが、例えば東タク協では川鍋会長が「需給調整規制も世界標準。ならば運賃も世界標準化を」という言い方になっています。欧米でのタクシー運賃は初乗り距離が短く金額も安い。同時にチップもあれば人数割増やスーツケース料金、日曜祝日割増、ラッシュアワー割増がある都市も存在します。
各国の制度には初乗りの安さ、加算額の安さを支える各種割増や料金制度が事業者をバックアップしているわけで、チップ抜きのメーター運賃だけを比較されて「日本のタクシーは高い」とバッシングされています。だから世論に屈して運賃の世界標準化と言う前に、「日本のタクシーは高くない」と広報するのが先。その次に料金制度の充実も含めて運賃・料金制度の世界標準化を検討するというのが順序ではないでしょうか。
富田 それはこれから始めるんですよ。世界標準化というのは各国の制度を寄せ集めて、どれが日本に合うのかを見極め、検討するんです。しかし、議論のベースとして初乗りを短縮して安くしたい、次いで爾後加算も安くしたい。これが二本柱なんです。なるほど、運賃問題に長く携わり、事情に詳しい人ほど、損するからできないという話になりますが、「業界がまとめられない」ということで立ち止まってしまっては一歩も進めなくなります。無理に進まなくても良いんですが、交政審WGの中でも「供給過剰になると運賃は上がる。需給バランスをしっかり取れれば、値上げしなくても済むし、もしかしたら運賃を安くすることもできますよ」という話がありました。だから、事業適正化が果たせたら、こういうこともできるように事前に勉強しておきましょうよということなんです。
戸崎 確かに運賃問題では感覚的な議論が多かったということはありますね。ですから、しっかりした議論をすることができるのであればそれに越したことはない。と同時に、本当に日本のタクシーは高いのかどうかということについても検証しておく必要がある。他国との比較では日本の特殊な交通事情を考えた場合、現行運賃がそれほど高いとは思えないし、空間を買うという観点で捉えればバスとはまったく違う価格体系であって当然です。利用目的、それへの対価が異なって当然という点も考慮に入れての議論をして、新しい運賃・料金体系を検討すべきなのだと思います。
―交政審の議論でも、供給過剰が解消され適正需給が確立し、経営基盤が安定し、かつ乗務員の賃金労働条件が十分に改善された場合にはその余力をもって運賃を引き下げることも可能になるという話だったはずで、そもそも適正需給が確立していない時点で、運賃の世界標準化の名の下で価格水準の引き下げを含む運賃体系見直しは順番が違うのではないでしょうか。
戸崎 そこはさきほどの協議会の話と同じで、適正需給が実現した後で運賃制度を考え始めたのでは間に合わないということはあるでしょう。
―両者は一体で議論すべきということもわからないではありませんが、特定地域の指定基準さえ定まらない中で、何か初乗り距離短縮初めにありきという印象が拭えないんです。
運賃制度改革のためにも特定地域指定を
富田 それはちょっと違うんです。私の中では特定地域の指定問題も適正需給の確立も終わった話であり、過去形なんです。ただ、協議会で議論して適正化を実行するだけなんです。運賃の話はそのために「だからそこはこうしてもらわないとダメですよ」という材料にもなっているんですね。むしろ「運賃制度改革をわれわれはやりたいんだ。だから、特定地域のことは早く片づけて下さいよ」ということなんです。あれもこれもお願いするにあたっての目玉となるわけなんです。交政審も運賃を安くできるかもしれませんよと言って乗り切ったわけですが、今度の特定地域指定についても運賃制度改革をやるためには必要なことですよといって乗り切ろうというんです。
―意地悪な聞き方になりますが、例えば特別区・武三交通圏が準特定地域指定止まりだったら、運賃制度改革の検討は立ち消えになるんでしょうか。
富田 そんなことはありません。勉強なんだから(笑)。頭の体操としてと言っては何ですが、時間をかけて勉強していくんです。減車はタクシーという財産を減らすんだから、事業者は短期的には損する話だったわけですが、それでもやった。
今度の運賃制度改革だってパッと見て損する話ですが、それでもやろうというんです。それだけ難しい話ですよ。損する話ばかりやらせているようですが、後になって、「やっておいて良かったね」と言えるようなものでなければ。
戸崎 そういう見直しの結果、乗車距離が伸びて需要拡大につなぐことが出来れば良いのですが。どっちにしても、タクシー適正化新法の特定地域指定は満了しても、この議論は出てくるのかもしれません。
―最後に業界の皆さんに対してのメッセージをお願いします。
業界の団結と経験が共有できる体制を
富田 これから協議会が本格的に開催されていくことになると思います。今まで以上に各地域の業界の団結が重要になってきます。新旧タクシー適正化新法を作る時もそうでしたが、やや抽象的な趣のある全国団体と違って、個別の小さな地域単位では色々しがらみもあるでしょうし、団結が難しい場合もあります。しかし、そこを乗り越えて、本当に業界が良くなるために目をつむって団結するんだという気持ちになって欲しいですね。
戸崎 繰り返しになりますが、地域間格差が出てくることが怖い。そうならないためにも、進められるところは早く進めて、その経験を全国で共有できるような体制にしていくべきでしょう。東京のような大都市圏は特に取り組みを早め、協議会が始まる前でもそのための下準備に取りかかるくらいで良い。事業者団体や労働組合はそのための議論のタネを作っていく必要があります。
―有り難うございました。(6月11日、港区の「クレッセント」で収録)
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