9月29日の参院予算委員会で野田佳彦首相は社民党・福島瑞穂党首から小泉改革への評価を問われ「すべて良いともすべて悪いとも言わない。不良債権処理などで同政権の実績は大きい」としつつも、労働者派遣法改正問題では「行き過ぎた規制緩和の部分もあった」と答弁した。野党を刺激しないという国会戦術もあるにせよ、まさに規制緩和の「光」と「影」の双方を描き出しているわけだ。とはいえ、世の中全般で言えばリーマンショック直後に比べれば「規制による秩序」への評価は再び低下しつつあるというのが客観情勢ではあるまいか。そこで今回は、規制緩和を推進する側の立場の意見を紹介していきたい。その是非は読者の皆さんが判断してほしい。
規制緩和論復興の流れ
小泉内閣以降、同政権が推し進めてきた構造改革路線のひずみとしての社会的格差拡大を指摘する声は年々高まりを見せていた。さらに安倍〜麻生内閣までの自民党政権(正確には自公連立政権)のスキャンダルまみれでの閣僚辞任、毎年の首相交代という体たらくに加え、平成19年(2007年)の米国におけるサブプライムローン問題顕在化に伴う「100年に一度」の大不況到来により、翌20年(2008年)夏の総選挙での与党敗北、その夏のリーマンショックでこうした構造改革への反省路線は決定付けられたかに見えた。
総選挙を経た政権交代で「規制緩和批判」も高まったが、今思えばこうした批判もこの時がピークだったように思える。その後民主党を中心とした連立政権への期待は「政治主導」への期待として大きく膨らむが、沖縄駐留米軍基地問題などをきっかけに鳩山首相が退陣、東日本大震災への菅内閣の対応のまずさもあって新与党への期待感は急速にしぼんでいるのが現状だ。この間、「規制緩和は間違っていたのではなく、中途半端だったからうまくいかなかったのだ」との主張が再びみられるようになってきた。確かに右から左まで寄せ集め観の強い与党にあっては新政権発足当初から必ずしも小泉構造改革路線の全面見直しとまではいかず、そのことは「郵政民営化」の全面見直しが与党・国民新党の党是でありながらいまだに実現していないことにも確認できるように政府、与党内にもこうした主張にシンパシーを感じる向きは一定数存在していると言えよう。
本当に規制を変えれば電気も足りるのか
今年3月11日に発生した東日本大震災以降、首都圏では計画停電騒ぎが続き、経済活動にも多大な影響があったとされる。福島第一原発の事故により原子力発電所の稼働は全国的に休止状態に追い込まれており、電力需給問題はわが国経済に少なからぬ影響を及ぼしている。ここに原英史氏という元経済産業省の官僚で渡辺喜美行革担当相(安倍・福田内閣当時)の補佐官を務めた方が執筆した「『規制』を変えれば電気も足りる〜日本をダメにする役所の『バカなルール』総覧」(小学館新書、平成23年8月初版)という本がある。詳しく紹介する紙幅はないが、ようするに地域独占により電気の地産地消が行政による規制で意図的に妨げられているから、例えば小規模な自家発電装置を持つ個人や会社、団体などが病院など停電が致命的になりかねない団体等に電気を融通しようとしても許されないのだと指摘する。狙いとしては「発送電分離」を積極的に促す主張だ。
タクシー運賃下限割れ規制強化は『おバカ規制』なのか?
同書では、役所が定めた理不尽と見えるルール、「やる気のある経営者が邪魔されるルール」を「おバカ規制」と定義している。そして第U部「中級編=ビジネスの邪魔をする規制」の第9章で「値下げにブレーキ・格安タクシーがデフレなのに値上げを強制されている」と一章を起こし、タクシー問題に9ページを割いている。
不況のご時世、外食産業の「格安居酒屋」や牛丼の値下げ戦争など、各業界は顧客にいかに安くいい商品を提供するかの知恵をしぼりあっている。競争に負ければ会社はつぶれるから必死だ。だが、そんな時代に逆行する「価格競争はするな。みんなで値上げすればうまくいくじゃないか」という摩訶不思議な規制強化を始めたのが、タクシー業界だ(以上、引用)。―と同書では糾弾している。
細かくは同書を手に取ってご覧いただくのが良いと思うが、国土交通省による最高乗務距離規制の強化、その中で高速道路の走行距離の取り扱いなどで地方運輸局ごとに差があること(東京、大阪の比較では大阪の乗務員の方が走行距離を制限され、ワンコインタクシーなど下限割れ運賃事業者がターゲットになっていると解されている)などで、「関西の運転手だけ虚弱体質なのか」と指摘。また、タクシー適正化新法施行後の監査方針では「減車をすれば監査を免除とは本末転倒」と論点提示の仕方としてはなかなか良いところを突いている。
新自由主義は誤解されているか
次に本紙9月12日号のトピックス「いま改めて検証する『運政審答申』〜タクシーの活性化と発展を妨げたものは」のコラムでも八代尚宏氏(元経済財政諮問会議民間議員、現・国際基督教大学客員教授)の著書「新自由主義の復権」でタクシー問題に触れていることは既に紹介した。タクシーの規制強化に対しても辛辣な批判を展開しているが、同書では新自由主義そのものが世間一般から誤解されているとし、まず新自由主義経済に反対する立場を「賢人政治」と「共同体重視」の二つを伝統的かつ代表的な例として挙げて「双方が互いに対立する部分もあるが、『反市場主義』と『大きな政府』という面では一致する―と指摘している。
その上で、誤解されている新自由主義について本来の定義は、@資源配分面では市場競争を重視し、それを妨げるような企業の行動を一切禁止(農業協同組合や地方自治体も同様)、談合やカルテルは必ず損になるよう実効的なペナルティを整備A最小のコストで最大の効果を達成する、効率的な所得配分政策をとるB政府によって運営される社会保険制度はその負担としての保険料が確実に徴収される公平な仕組みを構築する―とし、世界金融危機の真の要因は「単なる規制緩和ではなく、歪んだインセンティブ構造にあった」とする。
反市場主義的と解されることが多い、ケインズ主義的政策についても「賢人政治でなければ成り立たない」ものと批判している。
談合は必要悪ではなく『窃盗』が先進国の常識
タクシー業界では適正化新法施行後、新潟での独占禁止法違反被疑事件の発生で事業適正化と同法との関係が非常に強く意識されるようになった(新潟の問題については本紙上の新潟市ハイヤータクシー協会・高橋良樹会長へのインタビュー記事に詳しいのでよく読んでほしい)。
新自由主義の立場では弱者保護の色彩濃いものであってもカルテル的なものを厳しく断罪している。上述・八代氏の著書では、日本では、談合はとかく「必要悪」と見なされがちであり、有名な大企業でも繰り返し摘発されている。他方、米国では、こうした事業者間のカルテルは製品価格の値上げにより消費者からお金を奪う「窃盗行為」として、厳しく罰せられる。談合を防止することは市場での自由な取引を守るために不可欠であり、市場のインフラとしての独占禁止法を何よりも優先させることが、主要先進国での常識となっている(以上、引用)―と書かれている。弱者保護ではなく、価格競争によって市場から退出を余儀なくされる企業が出れば、「それだけ他の企業が受注できる可能性が高まる」という理屈のようでもあり、「競争」そのものを目的化している。
足して二で割ったら『タクシー適正化新法』?
タクシー規制緩和への批判に対して同書では小泉内閣で実施されたタクシー規制緩和は「行きすぎ」ではなく、参入規制と同時に価格統制も撤廃できなかった「中途半端」なものであったといわねばならない(以上、引用)―と主張して、事実上、下限規制や下限割れの個別審査、期間限定認可などのテクニックよるさまざまな障壁、その後の自動認可運賃の幅圧縮など暗に批判する。
この批判が正しいかどうかは別としても、道路運送法そのものは「規制緩和」のままで、一方では地域と期間を区切って実質的な規制強化=免許制復活に近い(減車を含むという点ではそれ以上か)―を実現するというタクシー適正化新法はなるほど中途半端なものであったなといえようか。政府として規制緩和路線は堅持する(あるいは放棄していないフリをする)、しかし、一方でいろいろ弊害が生じているし、業界の政治運動がエスカレートして本気で政治主導が定着したり、政治主導の実績ができても具合が悪かろう―といったところで両者の主張、立場を足して二で割ったら「こんなんできました」といったところか。いや、むしろこの法律ができるプロセスそのものよりも、その後の執行段階での行政による運用にそうした色彩は濃いのかもしれない。
タクシー事業規制見直しの行方
このように新自由主義的な立場はひところに比べ勢いを増してきている。タクシー業界は全国ハイヤー・タクシー連合会の旗の下に「タクシー事業法」制定を求めており、そのためにタクシー事業の実情、特殊性を訴えているわけだが、この業種ごとに規制緩和、新自由主義的な原則を当てはめるべきか否かや、それぞれの国家観といったものが法律を作る側の立法責任者、政策責任者には求められている。業界のいうタクシーの特殊性が実際にあったとし、それが規制緩和にそぐわないものだったとしても国全体の方向性と無縁に立法がかなうわけでもない。仮に同事業法案が国会論戦の俎上に載った際、国民世論の(あるいはマスコミの)注目を集め、論議を呼ぶかは読みにくいが、このような論者たちの著書で「反規制緩和のけしからん代表例」としてタクシー問題が取り上げられていることに留意しておく必要はあるだろう。少なくとも規制緩和された際は、運政審答申を紐解けば「時代の気分に従って規制緩和せざるを得なかった」と暗に認めているのだから、世論の動向と無縁の規制強化もまたなし得ないと考えるのは自然だろう。
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