――タクシー適正化新法施行後の3年半は、減休車中心に語られる場面が多かった一方で、これまでの活性化への取り組みについて具体的に評価される場面は少なかったように見えます。同法施行後の業界全体での活性化の取り組み状況についてどうご覧になりますか。
川鍋 タクシー適正化新法施行後に登場したメニューに限定するとなかなか難しいものがありますが、特定事業計画のメニューにあるものの多くが、それ以前から取り組まれていたものではあります。タクシーの全面禁煙化や羽田空港の定額運賃制度導入なども含めて考えれば結構いろいろなことを実現していると思います。
適正化新法施行後に出てきたものとしては、東タク協で取り組む「共通アプリ」もそうですし、観光タクシー・UDタクシーなどもそうですね。メニューとしてはやや平凡なものかもしれませんが、法律の中で「活性化」と書かれたことで、事業者の意識に浸透したことは間違いないと思う。いろいろと話し合われているうちに、現実の取り組みとなってきたものも多い。UDタクシー乗務員研修制度の定着などもそうじゃないでしょうか。動きとしては地味かもしれませんが、事業者の頭の中も世の中の動きと比べて決して遅れているわけではない。ただ、そうした努力をアピールしていく力はやや弱いかなと感じています。
法の裏付けが後押し
乗務員のことで言えば、昔に比べて、地理不案内という苦情は増えたとされていますが、いわゆる旅客接遇のレベルに関してはおしなべて向上していると思います。例えば、観光タクシードライバーについても応募人員が急増していますが、これも法律の中に活性化という文言が書き込まれたことで、業界としても、また、個々の乗務員にしても意識が変わって、今までよりも「やらなきゃ」という気持ちが強くなったり、あるいは何かに取り組む「スピード」が上がったということは間違いないと思います。メニューとして目新しくなくても、タクシー適正化新法に組み込まれなければこうはならなかったと思うんです。
――一定の効果をもたらした減休車と、その効果をさらに押し上げる期待を持たれているアベノミクスですが、政府の経済財政政策により景気回復が進めば、「新たな工夫」への意欲が業界全体としては停滞するのではないかと懸念されます。
川鍋 幸か不幸か、夜(長距離利用)の需要は引き続き落ちています。これまでに需要拡大があったとすれば昼の需要でしょう。夜については、残念ながら当面右肩下がりが続くのではないかと見ています。東京では地下鉄の新線ができるとか、路線バスの24時間化といったこともあり得る中で、公共交通機関のA地点からB地点まで移動するということに限れば、他の公共交通機関との競争力を維持することは難しい。少子高齢化によるニーズの拡大はあると思うのですが、そこに人口減ということも重なってくる。人口に関しては東京はフラットとみられていますからまだマシですが…。
わたし個人としては景気が良くなってくることによる需要開拓意欲の後退という心配はあまりしていません。仮に、そういうマインドを緩める事業者がいたとしても、数カ月間にわたって数字を追っていけば、「ちょっと待てよ」ということになっていくんじゃないでしょうか。
――東タク協における事業活性化の取り組み、とりわけご自身がリーダーを務めておられる活性化プロジェクトチームの活動を振り返っていかがでしょうか。
川鍋 ひとことで言えば上出来だったということになるでしょうか。メンバーや会員事業者の皆さんには非常に協力をいただきましたし、他の専門委員会の領分に関わることでも、やりたいことをやらせていただき、予算面でもいろいろ融通を効かせていただきました。PТメンバー以外の事業者の中からも活性化に前向きな会社が出てきたことは業界全体にとっても良いことだと思います。
需要拡大には「人手」が
――観光タクシーの現状と課題についてもお聞かせください。観光タクシーの需要拡大に向けて足りないものがあるとすればなんでしょうか。
川鍋 もっとも足りないものは人手でしょう。これはドライバーの成り手が、ということではなくて、営業にかける人手=この場合、顧客獲得のための営業ではなく、駐車場無料解放等に向けて動く人員―という意味で。タクシー協会としてはこれまで人員を掛けられずに来ています。観光タクシーでは駐車場確保が大きな課題になっていますが、現状では駐車料金をどうしても負担しなければならない。
本当は東京都(=上野の東京都美術館、浜離宮公園、江戸東京博物館などを外郭団体を通じて管理・運営)なり、相手方に日参し、夜討ち朝駆けで情熱をぶつけていけば何とかなるのかなあと思う部分もあるんですが、そこまでできていません。いくつかの公営施設については、確保してほしいものとして、観光タクシードライバーから要望としてあがっていますが、攻めあぐねているということはあります。協会として成すべきこととしては、第一に駐車場の確保、次にそれ以外の部分でできるだけ多くの協力を得ることです。これは例えば、シティガイド検定の受験料の割引を獲得するとか(*現状で受験者の約3分の1はタクシー乗務員)。協会としては、こういうことをやるための人手は足りていません。また、個別各社としては旅行代理店の活用をこれからどうするかということは考えないといけませんね。
――個別各社という意味では、日本交通のEDS(エキスパート・ドライバー・サービス=観光(選抜乗務員によるガイド付観光タクシー)、ケア(ホームヘルパー2級資格を持つ乗務員による高齢者・障害者送迎サービス)、キッズ(選抜乗務員による子ども送迎サービス)の3つの分野で新しいタクシーサービスを時間制運賃で提供)の現状と課題についてお聞かせください。
川鍋 EDSのドライバーは約90人ですが、非常に士気が高く好調といって良いでしょう。お客様から問い合わせがあった場合、内勤部門でお聞きするのはお名前と電話番号くらいなんです。原則として「担当の者から折り返しご連絡させていただきます」として、いったん電話を切るわけですが、その担当というのは個々の乗務員なんですね。出番から、実際にそのお客様を担当する乗務員を決めて、本人からいち早く電話、メールなどで連絡をさせる。乗務中だったり、いろいろ課題はあるんですが、サブの人が対応することも含めて、何段階かの対応方法が決まっていて、原則は担当乗務員が連絡をつける。それによって、専従の受付人員を置く必要がなくなります。
確かに乗務員本人は大変なんですが、それは担当乗務員として当日経験する大変さを先取りしていることでもあり、観光ならルートの希望傾向とか、お客様の人柄などもある程度のことがわかるんです。これが当社のEDSのキモなんです。こういうことは他社の皆さんにもどんどんマネしてほしいと思います。利用が増加して、専従の受付を置くようになれば、結局人件費が増加するだけですし、ペイしなくなってしまいます。会社としてはコストを抑え、乗務員のやる気を上げる―これが基本ですね。
――大江戸スイーツタクシーに続く、メニューについてはいかがですか。
川鍋 大江戸スイーツタクシーについては試行錯誤の「錯誤」の方でしたね(笑)。いまでもたまに注文は入るのですが、数は少ない。これに続く新しいメニューは何か?となると、いま旬の観光メニューとなると東京スカイツリーということなんですが、そういった関係の企画をしたいとは思っています。これは協会でやるのか会社でやるのかと言えば、後者なわけですが、具体的なことはまだ何もできていません。
観光タクシーの場合、メニューについては魅力あるものを用意することはもちろんですが、実際は当日になっていろいろ変わるし、テーラーメイドのような部分があります。ソフトはそういうことで柔軟にやれればと思っていますが、一方でハード部分については、東タク協の活性化PТで協議中なんですが、協会としての認定観光車両を作り、トヨタ・プリウスαのパノラミックルーフ車、日産・NV200のパノラミックルーフ車などの導入を強力におすすめしていきたいと思っています。ソフトはフレキシブルに、ハードは若干の投資もしていきながら―と考えています。
――EDSの観光、ケア、キッズの中では、どれが柱になるんでしょうか。
川鍋 やっぱりキッズですね。これは爆発的な伸びです。月間何百本という回数になっています。収益への寄与度という意味ではまだ観光が上ですが、キッズは1回当たり4550円(最初の1時間。以降30分ごとに2050円)。朝は早いのですが、昼間の需要もありますし、たかが4550円、されど4550円という感じです。
赤字になっては意味がない
サービスとして持続可能なものであり、ボランティアとしてやるものでもない。わたしたちはNPОではないので、これをボランティアでやってしまうと、企業としての社会貢献度は高まりますが、それで赤字になってしまっては意味がありません。子育てタクシー事業は社会的に意義のあることですが、タクシー業界全体としてみれば、出だしからボランティアになってしまい、メーター運賃しか頂かないという姿勢になってしまっていることは残念なことです。政治的には評価されるでしょうし、行政の支援も得られるかもしれませんが、先々は苦しいのではないかと危惧します。その結果、しわ寄せを受けるのは乗務員なのではないか。一部の気の良い乗務員の献身的な自己犠牲の上にしか成り立たないものになってしまう。わたしとしては日交マイクル(*川鍋氏が入社当初に立ち上げた子会社で、独自のサービスを標榜したが、その後日交本体に吸収された)で、同じような失敗をしています。乗務員にボランティアを強制してはいけない。「これなら、ギリギリやっても良いか」という線を見極めないと―と思います。もしも、他社の皆さんで同じようなサービスをやろうというのなら、ぜひプラスαの料金設定を考えてほしいですね。
回数という意味ではキッズが圧倒的ですが、一方で乗務員のやる気に繋がるという点では観光でしょうか。たとえ1週間に1回しかなくても、その1回で2万円程度の売上になり、プラスαとしてチップをいただけるケースもしばしばです。これはキッズにはめったにないことです。とはいえ、キッズ担当乗務員の月間総売上に占める、キッズ輸送の割合は約2割程度になっています。ケアと観光ではそれぞれ1〜1割5分程度です。ですから、それぞれの担当ドライバーとして月間の売上目標の中でそれなりの計算が立つようになってきています。
例えば、同じ日車営収5万円でも、その中にコンスタントにキッズの4550円が入っているのと、通常の流し中心の営業での5万円だけでは、長い目で見ての離職率には違いが出ています。常にお客様に選ばれ、さらに感謝されるということに対するテンションの高まりというものがあるわけですから。だからこそ、わたしとしては必死にこれを伸ばそうとしているわけなんです。EDSの最初期のメンバーには職員になってもらって、EDSドライバーの拡大に当たってもらっています。採用研修センターの仕組み、メンバーを変えて、EDS乗務員出身者に中心的役割を果たしてもらっています。
実際のところ、それでもEDSに対する反応は社内でもさまざまです。月収○○万円とか提示した方が、手っ取り早いということは事実としてありますが、結局、手っ取り早く採用した人は、何かあれば手っ取り早く辞めていってしまうんです。そういうことも含めてわれわれとしては、EDSに経営資源を集中したいと考えています。
――政府としては現在、外国人観光客の訪日拡大に向け年内のインバウンド1000万人達成、将来には2000万人という目標を掲げています。外国人向けメニューとしてタクシー業界が取り組むべきこと、日交グループとして考えていることがあればお聞かせください。
川鍋 東タク協活性化PТとしても、次はインバウンドだと考えています。ただ、前提として留意すべきは、日本の観光売上に占める外国人の割合は約5%程度とされています。仮に、それが増えても10%程度になるということですね。とは言え、観光タクシーの2年目以降の対応として、インバウンドということは考えています。
観光タク「ゴールド認定乗務員」
具体的にはわれわれが設けた観光タクシー乗務員認定制度に、上級資格を作りたい。仮に「ゴールド認定乗務員」としておきましょうか。まず、現時点で観光タクシー認定乗務員であること。その中で英語の試験を実施し、それをパスした人を対象としたい。座学プラスロールプレイを実施してということになりますね。
これはタクシー業務に必要な英語だけを集中して覚えるということで構わないんです。商社マンじゃありませんから、TOEICで何百点レベルというものではないんです。A4のペーパーで3〜5枚くらいの内容を丸暗記していただき、それを場面に応じて使い分けられればそれで良い。
例えば、「江戸城は太田道灌が築城して…」というようなガイドまで求めることはできません。それよりも、急に「トイレに行きたい」と言われたときどう対応すれば良いか、「もう疲れたからホテルに帰りたい」と言い出したとき、どう答えれば良いか―そういう最低限の意思疎通ができるようになるには、このペーパー5枚で何とかなるというようなイメージです。ですから、現段階での英語能力は関係ないと考えています。むろん、英語力はないよりあった方が良いのですが、例え現時点で英語力ゼロでもやる気さえあれば何とかなる―そういうレベルのものを作りたい。その上で、外国人のお客様はそちらへ回していくという仕組みが作れないかと思っています。
実は法令上のカベもあるんですよ。通訳業法というのがあり、英語で観光ガイドを有償で行うとなると同法に触れてしまうのです。これを突破するのは相当大変なことのようで、われわれが1年目にやるべきことではないだろうということでペンディングにしてきた経緯があります。将来的には国策としての観光拡大とアベノミクスの成長戦略の中で、例えば東京都におけるタクシー乗務員による英語観光ガイド有償化の特区制度みたいなことができれば良いのですが。実際のところ、日交グループの乗務員7000人余の中で英語で観光ガイドができるほどの実力を持つ人は4、5人程度しかいません。これは求めてそういう人を採用したわけではなく、たまたま社内にそういう人がいたというに過ぎないのですが。ですから、ガイド部分はタッチパネルなどを活用する「はとバス方式」に任せて、まずは通常のコミュニケーションが問題なくとれるという乗務員を増やしていきたい。「この先は渋滞しているから、回避コースを採ります」とかいったことを説明できる程度のね。東タク協の上級観光タクシー乗務員認定資格はこのレベルを目指すものと考えています。
――では残る95%を占めるとされた国内観光客向けサービスについては、いかがでしょうか。
川鍋 そこなんですが、そろそろ旅行代理店を使っていかなければならないかな?と考えています。われわれタクシー業界のアピール力にも限界があって、短期間に爆発的に伸びる感じはしません…。
(7月19日、日本交通銀座営業所で収録。後篇に続く)
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