運賃・料金を巡る現状と課題
本WG設置の背景については、報告書そのものから引用すれば、「昨年4月29日に関越自動車道において、多くの痛ましい犠牲者を出した高速ツアーバスの事故が発生した。この事故により、高速ツアーバスの業態そのものに関する根本的な問題点が明確に浮彫にされたほか、旅行業者からの発注を受けて運行を行う貸切バス事業者について、運賃・料金制度も含めたビジネス環境面で早急に改善を図るべき課題があることが改めて示された」とされている。
兼業事業者を除けばタクシー事業者にはややなじみの薄い、その貸切バスの運賃・料金制度だが、現行制度は概ね次のようになっている。
平成12年2月、タクシーに先行すること2年早い規制緩和により、運賃制度は認可制から事前届出制に変更された。各地方運輸局等により公示された運賃・料金の額については、行政による変更命令の対象とならない範囲を設定しており、これが通称「公示運賃・料金」と呼ばれるものだ。
規制緩和される平成12年2月1日の前日の認可・運賃料金を基準として、上限15%、下限25%、天地40%の幅を、また、料金については基準額から下限10%までが、タクシーで言うところの「自動認可運賃」に相当し、事前の届出だけで自由に変更できる範囲とされた。運賃の天地40%は相当幅があるという気がするが、基準額から下へは15%なので、タクシーとの違いは5%分相当になる。
また、基準額そのものについては規制緩和前日の運賃・料金額とされているが、これは平成3年に改定された額から変わっていないというから、約10年前の水準そのものということになる。基準額をいじらないことで実質「値上げはさせない。しかし、値下げ方向には自由化する」という意味では、タクシーと事情はあまり違っていないと言え、それは当時の時代の空気を反映したものとも言えるだろう。
そもそも現行の貸切バス運賃・料金は「時間制運賃」「キロ制運賃」「時間・キロ選択制運賃」「行先別運賃」とやや複雑な嫌いは否めず(上図)、それを利用者が正確に理解することは難しく、加えて、運賃額には経年変化に伴う物価の変動や輸送の安全確保に必要なコストが本来反映されているべきものとの認識をより希薄にさせてしまう傾向は否定し難いものだったと言えそうだ。
報告書ではこうした制度上の問題点のほか、運賃・料金の種々にかかわる問題点も指摘している。事業者数の増大、車両数の増加の一方、観光需要の減少等により価格競争が激化した結果、実勢運賃・料金が下落し、「公示・運賃料金に基づいた届出運賃・料金で取引が行われず、公示額下限を下回った取引が多く行われていると指摘されている」と述べている。タクシーの下限割れ運賃は行政による個別審査の結果、認可を受けた正々堂々のものだが、貸切バスにおけるそれは端的に違法な行為であるという点では、より過酷な競争環境にさらされてきたと言えるだろう。国交省・バス事業のあり方検討会で実施したアンケート調査では、全体の7割において届出運賃を収受できていないと回答されているそうである。タクシーで業界の7割が下限割れ運賃に集中したところを想像してみてほしい。
検討の視点は5つ
こうした実情を踏まえて、WGでは「貸切バスの運賃・料金については、その制度、実態ともにさまざまな課題を抱えており、その見直しを図ることは喫緊の課題である」とし、これらの課題に対しては以下の5つの視点で具体的な対策を検討することにしているという。具体的には、@取引実態を踏まえた制度設計A事故防止、法令遵守、サービス改善の促進B国民目線・消費者目線の適切な反映C関係者間の取引実務円滑化及び貸切バス事業者による創意工夫・需要喚起の促進D事後チェックの確保―の5つである。
これにより、公示下限額を下回る違法な取引が常態化している実態を踏まえつつ、旅行業者を含む安全意識、法令遵守の徹底を目指し、かつ、利用者の「安全で良いものを低廉な価格で手に入れたい」という基本的な意識を重視しつつわかりやすく納得感のあるものとし、また、先述したような複雑で理解しにくい制度を簡素で理解容易なものへと改めることなどを基本としている。その上で、不適正な運賃・料金による取引を防止するため、地方運輸局等による事後チェック可能な制度設計を目指す方針を打ち出している。
合理的で実効性のある貸切バス運賃・料金制度の構築
このような基本原則の下に、新たな制度について報告書では、標準原価に基づき上下限の一定の幅を公示し、その範囲内では変更命令の対象となるか否かの審査を省く事前届出制の大枠を維持することとした上で、「その枠組みの運用を改める」としている。運用の枠組みを改めるにあたっては4つの原則を示した。
第一には「基準額への安全コストの反映」で、法令上義務づけられている安全措置に関する経費はもとより、法令上義務づけられていないものの、望ましいと考えられる他の安全措置に関する経費を確実に計上して盛り込むべき―としている。具体的には前者については、「運転者適性診断経費」「運転者安全教育関係経費」「運行管理者指導講習経費」「整備管理者研修経費」などの教育研修経費、「アルコールチェッカー」「運行記録計」などの機器類に関する経費、「休憩仮眠施設の保守管理」「車両定期点検整備」などの施設や車両に関する保守経費などを、後者については、「貸切バス安全性評価認定経費」「デジタル式運行記録計導入経費」「交通事故防止に係るコンサルティング経費」などの事故防止対策経費を計上すべきだとしている。
第二には「新たな上下限の幅の設定」についてで、下限については「貸切バス事業においては、安全コストに直接結びつかない一般管理費と営業外費用が総費用に占める割合が約10%であることから、基準額から10%割り引いた額で設定すべきだ」としている。国交省が「規制緩和前にすでに発生していた二重運賃の格差が約10%だったから」という、タクシーでの幅10%の根拠に比べれば、もっともらしい。上限については、「利用者保護の観点から著しく高いとみなす必要がない範囲として、基準額に30%上乗せした幅で設定」とされている。この上下幅の範囲を「審査不要運賃とみなすべきである」としている。上乗せ側の30%には明確な根拠の記述はない。
次に、「下限割れ運賃の取扱いについて」だが、これについては「安全コスト審査対象運賃として変更命令の対象とすべきか否かについて審査を行うべきだ」としている。この場合には、当該事業者から原価計算書その他の運賃算出の基礎となる資料を求め、「特に『第一』の項で触れた安全コストが確実に計上されているか否か等について厳格に審査を行うべきである」としている。上限を超える運賃については「利用者保護審査対象運賃として、変更命令の対象とすべきか否かについて審査を行うべき」としている。
最後に、「各種割引の位置づけについて」だが、身体障害者割引や学校割引などの現行割引制度については、運賃・料金の標準適用方法に『ただし、審査不要運賃の下限までを限度とする』旨の但し書きを追記することを前提として、引き続き維持すべきだ」としている(下限を下回ることになる場合は、変更命令審査を受けることが前提になる)。
こうして基準額等のあり方について安全コストの観点を重視する姿勢を明確にして運用方法を改めるとともに、先述した現行制度のわかりにくさ=一般利用者には理解し難い複雑な運賃体系を整理、拘束される時間に比例する費用「時間費用」と走行距離に比例する費用「キロ費用」をベースにそれぞれの賃率を乗じて計算された時間制運賃とキロ制運賃とを合算して計算する「時間・キロ併用制運賃」の導入と、これへの一本化を提唱している。
これに伴い、最低拘束時間は3時間とし、長距離逓減については、「キロ費用が総原価の2割程度であり、逓減効果が少ない」として適用しないことを提言している。費用の地域差を考慮したブロック制は維持する。現行の待機料金、航送料金、回送料金は時間・キロ併用制運賃導入により、時間費用が運賃として収受できるため、料金としては廃止すべきだとしている。ただし、現行の深夜早朝運行料金、特殊な設備を有する車両を用いる割増料金、交替運転者配置料金等は料金として収受すべきもの―としている。
今後のスケジュール
新運賃・料金制度への移行について報告書では「今後、制度の詳細や審査不要運賃に係る基準額の算定方法の検討、算定された基準額の検証等を行う必要がある」「これらの検討や検証の作業については、必要に応じて本WGにおいてフォローアップすることを前提として、平成25年度中に速やかに移行できるよう、取り組みを進めていくべきだ」としている。
関越道事故を契機として、高速ツアーバスについては今年7月中には新高速乗合バス制度に移行することとなり、8月以降には従来の高速ツアーバスの形での運行は認められなくなる。この新高速乗合バスについては乗合バス運賃の適用を受けるもので、今回WGでまとめた貸切バスの新たな運賃・料金制度はそれ以外の部分、多くはいわゆる「観光バス」などに適用されるものである。
報告書にもある移行期限の平成25年度中とはつまり平成26年3月末を期限とすることになるが、国交省自動車局では「遅くともという意味であり、来年3月に移行すると決まっているわけではない。今後の作業の進捗状況次第だ」とも説明している。また、新運賃・料金制度への移行は通達改正によるものであり、その内容については「パブリックコメントの募集対象になる」という。
事故の教訓に学ぶという意味では、安全コストを確実に運賃・料金に反映させるという制度改正の趣旨には納得がいくものだ。一方で、報告書にもあるように事業者の7割が公示運賃・料金の下限額を下回る収受しかできていないという実態があったこと、これまでその実態をしっかり監督できなかったことに問題があったのであり、その意味でも「事後チェックが可能となるような制度設計が可能か」について、いささかの危惧を持ちつつ、今後の検討の推移を見守りたい。(了)
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