増税に際してのタクシー業界共通の課題
いよいよ消費税増税の本番=平成26年4月まで、あと一年余を残すのみとなった。3%の税率アップが実施されれば、そこからまた1年半後の平成27年10月には2%分が上乗せされ、消費税は10%になる。輸出産業のように、アベノミクスのアナウンス効果だけで、好決算が期待され、従業員の賃上や賞与の満額回答が続く企業もある一方、円安によってアベノミクスのマイナス材料(燃料高など)が先行して波及するタクシー業界のような産業もまた存在している。
消費税法には景気条項もあって、100%増税があると決めつけられないが、現在の情勢からすると、ほぼ税率引き上げはあるものと考えた方が良さそうだ。
増税があるものと仮定した場合、タクシー業界にとっての課題の第一には、メーター改造費負担が2回にわたるという点、タクシーが公共交通機関であるということに鑑みて、公明党が創設を要求しているような軽減税率の対象と今後なり得るか否かという問題がある。また、こうした業界にとって少々旗色の悪い問題を別にしても、消費税の運賃への転嫁が素直にできるのか否か、これによってタクシー適正化新法施行後落ち着きつつある事業者間の運賃格差が再び拡大する結果にならないか―といった課題が指摘されるところだ。
実際には、メーター改造費国庫補助、軽減税率などは少なくとも平成25年度税制改正において実現していない。補助金云々は財源の問題や他の産業分野との兼ね合いもあり、タクシーに補助をする説得力に富んだ説明が今後構築されるかにかかっている。軽減税率にタクシーを含めるか否かについても、「補助金よこせ」よりマシだが、ハードルが低いわけではない。継続して検討する課題といったところだ。
転嫁対策法案の概要
となると、業界にとっては素直に消費税を運賃に転嫁するに当たってどのような問題があるか?転嫁の方法として単純転嫁か距離短縮か―というテクニカルな問題もさることながら、最も重視されるのはタクシー適正化新法施行後解消の方向に進みつつある、多重運賃が消費税転嫁に対する個々の事業者のスタンスの違いによって再び拡大しないかということが最も気になる課題と言えるだろう。
この問題に対する政府としての一つの回答が公正取引委員会の策定した「消費税の円滑かつ適正な転嫁の確保のための特定事業者による消費税の転嫁の拒否等の行為の是正等に関する特別措置法案(仮称)」だ。原案には盛り込まれていないが、新聞報道でも大きくとりあげられた「消費税還元セールの禁止」などの修正が自民党の手によって加えられることがほぼ確定的だが、タクシー業界に関係のある骨格部分は変わらないのでその中身を紹介しよう。
法律案の目的では「平成26年4月及び平成27年10月の消費税率の引き上げに際し、消費税の円滑かつ適正な転嫁を確保するため、特定事業者による転嫁拒否等の行為を迅速かつ効果的に是正し、また、消費税の転嫁及び表示の方法に係る共同行為について特別の措置を講じるため、所要の法整備を行うもの」としている。前半部分は中小企業保護の観点から、納入先事業者による増税分の値下げ強要行為などの是正を図るもので、タクシー事業者に直接的な影響が及ぶものではない。
後半部分はまさに、タクシー業界としてどのように増税分を運賃に転嫁できるのか否か、事業者が足並みを揃えることができるのか否か―ということにかかってくるものである。その制度の趣旨としては、「消費税の円滑かつ適正な転嫁の確保のため、事業者等が行う転嫁カルテル及び表示カルテルについて、消費税導入時と同様の独占禁止法の適用除外制度を設ける」ものとし、カルテル形成については、公取委への届出制を予定しているという。
具体的に独禁法の適用除外となる共同行為について法案では、「転嫁カルテル」と「表示カルテル」の2つを予定しており、前者については、@事業者がそれぞれ自主的に定めている本体価格に消費税額分を上乗せする旨の決定A消費税額分を上乗せした結果、計算上生じる端数を、切り上げ、切り捨て、四捨五入等により合理的な範囲で処理することの決定―と定義され、独禁法の趣旨からして、当然のことに「本体価格を統一することの決定」は適用除外の対象にならない。
また、カルテル形成に当たっては参加事業者の3分の2以上が中小事業者であることが必要とされる。後者については、「消費税についての表示の方法に係る共同行為」であるとされ、具体例としては、@「消費税込価格」と「消費税額」とを並べて表示A「消費税込価格」と「消費税抜き価格」とを並べて表示―など「税率引き上げ後の価格について統一的な表示方法を用いることを決めること」としている。これらの行為を中小企業及びその事業者団体で意思統一を図ることが平成29年3月31日までの時限措置として認められることになる。
増税に際しての中小企業保護を含めた価格への転嫁に当たっての国としての方針の大枠がこの法律案によって定まった。タクシー業界の場合、その運賃は国土交通省による認可制をとっており、形式的には増税分の運賃への転嫁に際しても通常の運賃改定手続きを経ることになる。今後は、いわゆる「値上げ」を含まない消費税の価格転嫁の申請、認可手続きについて同省の方針が明らかになるのを待つことになる。
業界にとっての今後の課題
同一地域・同一運賃を志向する業界主流にとっては、今回の時限措置により事業者間で消費税の運賃転嫁について正々堂々の論議を経て意思統一を図れることとなったことは喜ばしいことと言えよう。ただし、改正道路運送法施行後の規制緩和時代、その反動としての再規制期を通じて消費税率の引き上げとそれに付随する実務的課題についてはあまり真剣に考えてこられなかったことも事実だ。
想定される課題についていくつか挙げてみよう。まず、「消費税転嫁であっても運賃改定手続きは必要か」。これについては三菱タクシー消費税訴訟最高裁判決などからも結論は出ており、値上げに当たる運賃改定と同様の手続きが必要との結論が出ている。次に、「消費税転嫁のみが目的の運賃改定でも7割ルールを適用するのか」。少なくとも、消費税導入当時と3%から5%への税率引き上げ時にはそのような運用はされていない。ただし、初乗りを含む距離短縮で転嫁に対応しようとする場合、運賃全体の中で一部でも「値上げ」に相当する部分が生じると7割ルールが適用される可能性も指摘される。もちろん、損をしないよう逆の場合も工夫が必要で、現行運賃体系を加工する場合には、「値下げ」になってしまわないよう初乗り距離の設定、旧初乗り距離に達するまでの距離の刻み方や刻み額、旧初乗り距離に達した時点で値上げにならないようにすること、その後の刻み距離・額など配慮すべき点は多く、また、地域によっては初乗り距離等のあり方について通達(地方運輸局長公示)を改正するよう当局と掛け合うことも必要になろう。いずれにしろ、部分的に例えわずかでも値上げ部分があるとすれば、現在の政府方針では便乗値上げは厳しい監視の対象となっており、一筋縄ではいきそうもない。
それはさておいても、今回の特措法案の趣旨に沿って常識的に考え、タクシー協会主導で消費税転嫁の旗を振り、大半または全部の事業者がそれに従って運賃改定申請をすれば、普通に認可を受けられるし、それによって多重運賃の拡大は防げるだろう。一方、規制緩和後長らく消費税増税やその後の再規制という事態を想定していなかったことで、自動認可下限運賃との関係では少々難しい課題も出てきそうだ。
注目される下限割れ運賃の取り扱い
ひとつには下限割れ運賃採用事業者が消費税だけは転嫁したいと考え、申請を行った場合。審査そのものは形式的なものにとどまり、新消費税転嫁後運賃として認可されるのか、審査の中で原価を含めた査定が行われ、転嫁分以上の値上げを指導される可能性はあるのか否か―現時点では不明だ。また、特に下限割れで恒久認可を受けている事業者の場合、単純に税だけを転嫁する運賃額で認可を得られても、その時点で新しい運賃額の認可を大義名分に現行制度上では「恒久」という既得権を失い期限付き認可となる可能性が高い。
次に消費税転嫁を行わず現行運賃額を維持すると決めた事業者が、例えばすでに下限割れ運賃を採用していた場合。前述した三菱タクシー消費税訴訟判決では、消費税を転嫁しない行為によっても消費税法で定められた税率で納税しているのであり、それは転嫁しなかったのではなく、本体価格(運賃)を値下げしたものとみなすとされている。つまり、形式上増税分の転嫁をしなかった場合、増税分(平成26年4月時点では3%相当分)の値下げを行ったことになり、それは申請主義の立場によっていかなる審査をも経ずに値下げが実行可能であることを意味する。そのこと自体は別段驚きに値しないが、同じ下限割れ事業者でも期限付き認可事業者は期限ごとに審査され、値上げを指導されることも多々ある中、現在の審査基準では存在が認められないはずの運賃額から無審査でさらに値下げすることが可能であるという事態が生じる可能性がある。同じ下限割れ事業者間で著しい乖離が生じる可能性があるわけだ。
以上に述べたようなことは、いずれも「その可能性がある」と考えられることに過ぎない。今後は、円滑な消費税転嫁に向けて国交省が具体的な転嫁方針を策定することになる。業界としては、業界の都合はもちろんのことながら、第三者の目から見ても納得のいく理論構成で具体的な提案をしていくことが必要になるだろう。
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