タクシー事業法はどうなるのか。全国ハイヤー・タクシー連合会の富田昌孝会長は自民党の対案公表の期限を「15日頃」と述べたが、それを過ぎた今も対案は姿を現さない。仮に出てきたとしても、タクシー事業法案を推してきた業界が呑める内容ではない恐れもある。私たちはそろそろ、今国会でタクシー事業法が成立しない場合の将来像も見据えるべきではないだろうか。それは適正化新法施行下の課題を洗い出すとともに、道路運送法改正の理論武装を確実なものにしておくことだと思われる。
自民「対案」を呑めない公算
6月11日、全タク連の第97回通常総会後の懇親会で登壇した金子一義・自民党タクシー議員連盟会長は「需給調整の時代に戻る案は呑めない。正直者がバカを見ない法案を、独禁法の外で作りたい」と述べた。
この時の報道では「自公は引き続き協力してくれるのだ」という面だけが強調されたが、発言の前半にもっと注目するべきではないだろうか。金子氏は事実上、「民主党のタクシー事業法案には乗れない」と明言している。現下の民主党タク議連の党内における勢力等から見て、野党の協力なしに成立が困難であることを思えば、まずはこの時点で「民主党タクシー事業法案の今国会成立の可能性はかなり小さくなった」ということだったのではないか。
もちろん、ここで自民党の対案への期待も抱かざるを得ないわけだが、いかに「独禁法の外」と言おうとも、金子氏が「需給調整の復活」を否定しているのは否めない。言い換えれば、「免許更新方式であれ何であれ、供給過剰解消のための強制的な減車は認めない」ということである。
まだ出てきていないものについて軽々に判断することはできないが、この言から見れば、仮に対案が出てきたとしても業界幹部が納得できる内容になっていない可能性が大きいのではないか。与野党3党ですり合わせをすると言っても、業界として妥協し得ない「一線」というものはあろう。
だとすれば、今国会では新法を制定できない見通しも持っておくべきではないか。近い将来にあり得ると見られる高速ツアーバス事故を契機とする道路運送法改正の際に、可能な限りタクシー業界が求める改正内容とさせる理論武装のためにも、それは不可欠なことだと思われる。
実はデッドロック?
このように書くと、タクシー事業法成立に尽力してきた向きには後ろ向きな姿勢に見えるかもしれない。だか、自民党が「免許更新制による需給調整」という事業法案の根幹に対して否定的な回答をした事実は、直視しなければならないのではないか。
これについて業界内ではおそらく、「自民党にも市場原理主義者や新自由主義者がいるから」というおなじみのイデオロギーや、「『適正化新法を創ったのは自分たちだ』という自負があるから、民主党案には乗りたくないのだろう」という党同士の主導権争いの面からの解釈が出てくると見られるが、よりオーソドックスに、長年、自由主義経済を守護してきた党として、「強制減車」が財産権や営業の自由を侵す恐れがあると判断したからこそ否定的なのだと受け止めるべきではないか。
この点、実際のところは、民主党は免許更新制により「強制減車」を前面に出すことを避けることによって憲法問題を回避できると考えているのに対し、自民党はどのような方法で減車させるのであれ、車両代の補償なしでは財産権の問題を回避できないという立場のようだが、いずれにしても、「財産権」を侵さなければ一律減車は不可能であり、逆にこれを侵すならば野党から賛同を得られないのだから、一種のデッドロックに乗り上げているということになろう。
ではどうするべきか。百歩ぐらい後退するように見えるかもしれないが、タクシー事業法案で示された改革のエッセンスと言うべきものは尊重しつつも、新たに一から考え直してみるべきではないだろうか。
「公共の福祉」が担保されると説明し得ること
「タクシー事業法制定」に向けた再規制への取り組みについて考える時、参考にすべきと思われる文章があるので紹介したい。
ようやく同法案の骨子が明らかなった平成10年秋、憲法学を専門とする中島徹・早稲田大学法務研究科教授(写真、肩書きは当時)は「再規制に失敗したら、同様な改革を検討している他の業界、他の分野への影響は小さくない。その意味で(タクシー業界は)責任重大」とし、こう述べた。
「要は、真っ当な説明を行えばよいだけの話だと思います。すなわち『誰の利益がどういう形で守られ、その利益を守ることにどのような意義があり、その利益は回り回って利用者にこういう形で還元される』ということをウソ偽りなく説明することです。これが『社会全体の生き残り』としての『公共の福祉』です。そして、それらをチェックする機関が適切に機能し、『公共の福祉』が適切に担保されると説明できるなら、憲法違反にはならないでしょう」。
このインタビューは「事業者の財産権(営業権)を制限することは憲法上可能か」を聞くために行ったものだったが、中島氏の結論は上記(特に傍線部)のようなものだった。分かりやすく言うと、「事業者、労働者の損得だけでなく、利用者や自治体、地元などその地域社会全体にとって利益になることがきちんと説明できるなら、かりに事業者の財産権を制限することであっても合憲になり得る」ということになる。逆に言えば、このことを「説明」し得ないとしたら、違憲の恐れが出るということになろう。
説明責任は果たされているか
タクシー事業法案はすでに完成されたものなのかもしれないが、この観点から、需給(減車)や運賃など主要な論点について、一つずつ検証してみるべきではないだろうか。たとえば、なぜ一律の減車が必要なのか。
―「供給過剰により賃金など労働条件が悪化、高齢化も進み、事故が増える恐れがある。車両による交通阻害も社会の諸活動に迷惑を及ぼす。事業者個々の取り組みでは地域全体の減車は達成できない」―
これは一般的によくなされる説明だと思われるが、これで業界外の諸氏を納得させられるだろうか。いちいち質問を列挙することはしないが、この程度ならいくらでも突っ込まれるだろう。特に、「利用者の利益にもなるはずだ」と安易に考えてはいないだろうか。業界は、再規制が利用者にとって具体的にどのような利益になるのか詳しく調べたことがあっただろうか。あるいは、「下限割れ運賃禁止の必要性」となると、より説明は難しくなろう。
これに対しては、「業界外の人間に説明しても理解してもらえない」という反論を聞くことがしばしばあるが、タクシー業が社会の一構成員であることを思うなら、説明して理解が得られないのに、なぜ法律の制定や改正が許されるのかということにならないだろうか。かつては業法によって守られてきたがゆえに説明する必要はほとんどなかったが、時代は変わったのだから、頭を切り替えて、「公共の福祉」になることの説明をきちんとできるようにならなければならないだろう。
「地域公共交通」という言葉の重み
万が一、仕切り直しで道路運送法自体を再改正する流れとなった時、重要なキーワードは、中島氏が「公共の福祉」と使用しているように、「公共」という言葉だと思われる。実際、業界幹部のあいさつで何度も「タクシーは公共交通機関になった」と言われ続けてきたが、その意味についてはほとんど何も考えてこなかったのではないだろうか。
「公共」―「地域公共交通」との用語がタクシー業界に初めて冠されたのは、平成21年10月施行の適正化新法(タクシー適正化・活性化特別措置法)の「目的」においてである。
「(タクシーが)地域公共交通として重要な役割を担っており、…地域公共交通としての機能を十分に発揮できるようにすることが重要であることにかんがみ」て、特定地域において地域計画の作成及び特定事業等を実施、「地域における交通の健全な発達に寄与することを目的とする」とある。
すなわち、タクシーが「地域公共交通」と認められたからこそ、地域協議会が設置され、減車など事業再構築を定めることが可能な特定事業計画を作成できるようになり、その先に労働条件の改善が展望されるという構成になっている。同法の趣旨が「労働条件の改善」にあることは何度も言明されてきたことだが、それがどういう法理論によって導き出されているのかを、業界関係者はきちんと認識できているのだろうか。
キーワードは「地域協議会」
実は私たちが再規制に向けて取り組み、獲得できたのは、「ここ」までなのである。タクシー事業法案であれ道運法再改正であれ、「ここ」からスタートするほかないのである。
その意味で、同法の「地域協議会」はキーワードであり続けるだろう。タクシー事業法案にも同様な考え方が示されていた(「審議会」)が、事業者、労組幹部、行政、利用者代表、各自治体、地元警察、労基署、学識経験者が一同に会する協議会を、どううまく機能させるかは重要な課題だろう。ここでこそ、「『社会全体の生き残り』としての『公共の福祉』」が語られねばならない。地域協議会の権限を強める法改正なり通達発出なりを行うことは適正化新法下、特定地域指定が2年延長された際にも重要だろうし、道運法改正に向けた議論の盛り上げ、アピールの場になり得る可能性もあろう。
効果的な通達発出を
国土交通省による通達の効果的な発出も重視されるべきだろう。事業法制定や道運法改正が最良の選択であれ、新規参入と増車をきわめて困難にした7.11通達(平成20年)や、減休車に非協力な事業者に対する調査・監査の実施を定めた4.13通達(同23年)など、通達が規制強化に寄与した役割は極めて大きい。適正化新法下での日車営収の好転、労働条件の改善がまだ不足であるとの認識は当局側にも醸成されつつあると思われるだけに、さらに効果的な通達発出が期待される。
新潟カルテル事件から逃げる当局
国交省が果たすべき役割についても再考を促したい。昨年1月、新潟交通圏26事業者が運賃カルテルの疑いで立入検査を受けた直後、国交省は2月、すばやく「地方運輸局が特措法に従って取り組みを行うことは独占禁止法上問題がない」が、「事業者が共同で運賃を決定したり車両削減をしたりするのは独禁法上問題がある」とする通達を発出、自らの「手の白さ」を強調、ひんしゅくを買ったが、その影響は甚大なものがあった。「いざとなったら当局は助けてくれない」という印象を業界に与え、何が何でも早期にタクシー事業法を制定しなければならない心境に追い込んだのである。
逃げ腰にさえ見える国交省のこの姿勢は何か。やはり過去の石油製品闇カルテル事件において、通産省(当時)の担当者が、刑事罰を受けた業界人とともにカルテル幇助に問われかねなかった記憶が尾を引いているのだろうか。
国交省は真の競争政策に寄与せよ
だが、新潟のカルテル被疑の件で事業者たちの行為が正当化される可能性があることを指摘した東京大学の白石忠志・大学院法学政治学研究科教授は「独禁法事例の勘所」83ページで次のように述べてている。
「独禁法が主として目指す競争のみが国の政策ではないのであるから、そのような他の政策とも調和し必要に応じ譲り合ったうえで彫琢されたものが真の意味での競争政策であるはずだ、ということになる」。
たしかに業法の諸規制が取り去られ、自由競争がさらに強化されていく中、独禁法は年々、強力な法として整備されていった。が、白石教授によれば、さらに時代は進み、独禁法は他の省庁が行う競争政策と調和し譲り合わねばならなくなったというのである。国交省はもっと自信をもって業法の下での競争政策を主導し、独禁法から業界を守る姿勢を示してもらえないものだろうか。
以上、今後の課題として上げたのは、@「地域公共交通機関」としての責任の自覚A「公共の福祉」であることの説明責任の遂行B地域協議会の権限強化C国交省による強力な通達発出D国交省のより積極的な競争政策の主導―の5点である。(了)
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