ゴールデンウィークただ中に関越自動車道で1両の高速ツアーバスが防音壁に衝突し死者7人、重軽傷者38人という大惨事を引き起こした。高速ツアーバスの利便性の陰に潜む危険性などの問題点はかねてから指摘されてきたことであり、国土交通省もそのことは認識していただけに、これまでに部分的な規制強化も行っていた。また新・高速乗合バスという新制度への円滑な移行の方針をも打ち出していた矢先の出来事だった。このバスを運転していた乗務員=河野化山容疑者(43、自動車運転過失致死の疑いで逮捕)と運行会社の陸援隊(針生裕美秀社長、千葉県印西市)は名義貸し経営の関係にあったこともすでに明らかにされており、現行制度の下、事前のチェックは何ら機能していなかったこともはっきりしている。事後チェック主義から事前チェックに回帰しようとしているタクシー事業の現状にこの事故はどんな影響を及ぼすか。今回の事故の経過と背景を探る。
事故の概要と経過
今回の事故は、連休中の4月29日(日)午前4時40分頃、群馬県藤岡市の関越自動車道上り線・藤岡ジャンクション付近で、高速ツアーバスが乗客45人を乗せて走行中、高速道路本線左側壁(防音壁)に衝突し、乗客7人が死亡、38人が重軽傷を負う―というものだった。4月27日に運行事業者=陸援隊の車庫を出庫して東京ディズニーリゾート(TDR)を出発し、石川県金沢市から折り返し運行。事故に至る経過は別表(略)の通りだ。
事故後、国交省は直ちに本省自動車局、関東運輸局並びに観光庁に対策本部を設置するなどしたほか、運行事業者=陸援隊、利用者を募集した旅行業者=ハーヴェストホールディングス(大屋政士社長、大阪府豊中市)に対し、特別監査、立入検査を実施している。
陸援隊に対しては、@日雇い運転者の選任A運行指示の不実施B運転者の健康状態の確認・運行を行うに当たっての注意事項の伝達等のための点呼の不実施―などが確認されたとし、また、ハーヴェスト社についても、近畿運輸局の立入検査の結果、「旅行者が提供を受ける旅行サービスの内容を明示しないという旅行管理義務違反等が確認された」という。
規制強化の足取り〜いつか来た道
高速ツアーバスの問題点はさまざまに指摘されてきたが、社会問題として大きくクローズアップされたのは、平成19年2月18日早朝、旅行会社=サン太陽トラベルの主催で、貸切バス事業者=あずみ野観光バスが運行していたスキーバスが大阪府吹田市の大阪中央環状線を走行中、モノレールの支柱に激突、添乗員が死亡、乗務員及び乗客25人が重軽傷を負った事故がきっかけだった。
事故原因は居眠り運転とされていたが、その後の調べ等で乗務員は過労状態でのワンマン運行だったこと、当該運行会社=貸切バス事業者が規制緩和後に新規参入した零細事業者で、順調に業績を伸ばしてきたものの景気後退で業績も悪化。その後は生き残りをかけて極端に安い運賃でのツアーバス運行の請負などに頼らざるを得ず、旅行業者との関係では実質的な下請けいじめと見られる行為もあったのではないかとの見方が広がっていった(なお、この事故後サン太陽トラベルは事業休止に追い込まれたが、あずみ野観光バスは社名を変更して現在も営業を続けている)。
この事故を直接の契機として国交省には「貸切バスに関する安全等対策検討会」が設置され、その最終報告書に基づき交替運転者の配置指針がまとめられ、「1日おける最高限乗距離制限は670キロとする」などの規制強化方針が打ち出された。
あえて指摘しておくとすれば、今回の事故で上述のハーヴェスト社への立入検査でもわかったことは、いまのところ「旅行管理サービスの内容を明示していなかった」などの形式犯にとどまっており、貸切バス事業者側の無理な運行管理体制など山のように指摘されている違反事項に比べ、旅行業者のそれは非常に軽微な印象を与えることで、かえって問題の本質を歪めているように思えてならない。
ツアーバスと路線バスの違い
(高速)ツアーバスと通常の(高速)路線バスの違いは大雑把に言えば別表(略)の通りとなる。国交省の言葉を借りれば高速ツアーバスとは「旅行業者が、貸切バスを使って、実態としては高速乗合(路線)バスと同様のサービスを旅行商品として提供しているもの」ということになる。実態は同じものであるにもかかわらず、適用法令をはじめ規制の度合いが異なる面があり、安全輸送に直接責任を負うのは誰かという点にも曖昧さが残されており、低コスト・低運賃の根本要因にもなっているが、そうした仕組みの違いが利用者に周知されているかと言えばいささか心もとない。
5年前のあずみ野観光バス事故の際にも同様の指摘はあったが新聞・テレビなどの報道過熱も一過性のものに過ぎず、今回の事故でも同じような経過をたどる可能性がないとは言えない。
国交省の対応と総務省勧告
その、あずみ野観光バス事故後もツアーバスの事故は大きな注目を浴びるには至らなかったが、結局のところ後を絶たず、平成22年9月10日、総務省行政評価局は国交省に対し、「貸切バスの安全確保対策に関する行政評価・監視の結果に基づく勧告」を行っている。勧告の骨子は、@安全確保対策の徹底A収受運賃の実態把握の実施及び公示運賃の検証B旅行業者への指導・監督の強化―などだ。
増え続ける高速ツアーバス、減らない事故という実態に加え、総務省勧告への対応を迫られた国交省は、「バス事業のあり方検討会」を発足させ、現行法制の下での高速乗合バスと高速ツアーバスの一本化の方針を打ち出した。国交省とてただ手を拱いていたわけではないことははっきりしているが、この新制度移行には約2年の時間を要すること(その後、前倒しの意向が示されている。後述)、強制力があるわけではないこと、募集型旅行業務としてのツアーバスの運行形態が残るのなら、その場合の旅行業者と貸切バス事業者の健全な関係性の構築は本案では担保されていないように見えること―など、同検討会最終報告書の内容を実現することで問題の本質に迫れているのかどうか疑問なしとしない。
タクシー業界と政界、報道にみられる事故への反応
国交省なりに手を打ちつつあった矢先に今回の事故は起きた。結果として後手に回ったことは事実であり、その結果7人の命も失われた。上述のようにその対策そのものが十分かという疑問もある中で、タクシー業界からの最初の反応は本号巻頭言で紹介した東京乗用旅客自動車協会での富田昌孝会長の理事会冒頭発言である。
そもそも供給過剰が過当競争を呼び、過剰な運賃競争を招き、その結果、乗務員の賃金労働条件が悪化し、輸送の安全性が脅かされかねないというのが同会長並びにタクシー業界の公式見解であるから、今回の事故は正に業界の主張を裏付けたに他ならない。
次に労働組合の反応はどうだったか。私鉄総連は7日、「今回の事故を個別会社の杜撰な運行管理によるものと結論づけてはならない。まさに規制緩和がもたらした弊害である。安全運行の確保は一義的には貸切バス事業者の責務とされているが、発注者側にも責任を課す制度の構築が必要だ」との声明を出している。自交総連も8日、声明を出し、「事故の背景には規制緩和による過当競争、労働条件の悪化がある。政府の対策は最高乗務距離規制670キロとしたままで不十分であり、責任は免れない」とし、@距離制限は500キロ以下A深夜は2人乗務義務化B旅行業者への監督指導強化―を国に要求している。
政界はどうか。政府としては7日に奥田建・副国交相が定例会見の中で「個人的には規制緩和がもたらした影の部分は存在すると思うし、その部分はしっかり安全確保のため体制強化は進めていかなければ」と述べたが、一方で、総務省勧告から相当期間が経過する中で指摘された問題点に具体的な措置を講じるまでに至っていなかった国交省の責任(瑕疵)については、あいまいな答弁を繰り返している。
8日の前田武志国交相の定例会見でも今回の事故を受けてバス事業あり方検討会最終報告に基づく新・高速乗合バス規制への移行前倒しの意思を表明したものの、事故の背景等については「安全ネットワークを十分に張り巡らすことができなかったという反省がある」と述べるにとどめた上で、「規制緩和を否定する道をとるべきではない」とも付け加えている。敷かれているレールを前倒しして取り組む意向を表明したわけだが、それで十分かについて再点検するつもりはないようだ。与党では8日に、民主党日本バス議員連盟の会合が開かれ、国交省、観光庁、警察庁や日本バス協会幹部らのヒアリングを実施している。その中では高速ツアーバスの杜撰な運行実態への危惧の声のほか、総務省勧告前後からの時間の経過を踏まえて「国交省はいったいこれまで何をやっていたのか!」との怒声も響き渡っていたという。規制緩和したのは立法府の意思であるから、その立法の結果を忠実に執行するのが行政府の役割であり、つまり議員らの怒声を素直に忖度すれば「規制緩和は間違っていなかったが、執行の手法に非常に手抜かりがあった」ということなのだろうか。
また、前原誠司・政調会長は8日の定例会見の中で今回の事故に言及し、「バス、タクシーの事業規制のあり方については法改正も含め、党として検討するよう関係部門会議(厚生労働、国土交通)に指示した」と述べている。ただし、その内容が一層の社会的規制の強化を意味するのか、経済的規制をも含めての検討となるのかは明らかにされていない。
タクシー規制強化への影響
今回の事故で貸切バス事業者=陸援隊が犯していた法令違反は多項目に上るが、驚くべきは、実質的な名義貸し経営が日常的に認められ、運転者自身が複数のバス車両を所有し、陸援隊に日雇い運転者として働くだけでなく、自らも名義貸しで中国人向けツアーを主宰していたという凄まじい実態であろう。その背景には長期不況による需要低迷と供給過剰により旅行業者と貸切バス事業者の力関係がますます前者寄りに傾き、極端に安い運賃でもツアーを請け負わなければやっていけない実態も指摘されている。
従来型高速乗合バスよりも、高速ツアーバスが安くできる構造は、まさに両社の競争条件が異なることに由来し、タクシーでの運賃競争の背景にもリース型賃金制度などによる人件費関連のコスト低減の拡大等が指摘されてきたこととも重なる。また、最高乗務距離制限を適切なレベルに設定しても(670キロが適切かは別問題だが)、貸切バス乗務員としての労働の合間に、寝る間も惜しんで、白バス経営者としての仕事に没頭していたのでは「いつ休んでいるのか」ということにもなる。このことは地方のタクシーで「事業者が管理しようとしても乗務員が明番や非番の日に運転代行業の随伴自動車ドライバーとして働かれたら実態把握はできない」という指摘とも重なる。
今回の事故とタクシー問題とは互いの構造問題として重なり合う部分も少なくないとみられる。そのことを業界外でどの程度認識されるかが、今後の事業規制の枠組み見直しの方向性を決めることになるだろう。ただし、方向性の論議とタクシー事業法の成立はまた別問題で、「タク事業法の方向性で良い」と仮になったとしても、政局はまったく違う事情、ロジックで動いており、今通常国会(会期末6月21日)での成立が約束されるわけでもなんでもないことはお断りしておかなければならない。(了)
<バックナンバー一覧へもどる>