地域協議会でタクシー像の議論を―
来るべき時代の新しいビジョンを探る
自民党衆院議員・加藤紘一氏に聞く
元自民党幹事長で内閣官房長官(宮澤喜一内閣)などの要職を歴任した加藤紘一・自民党衆院議員は4月、『劇場政治の誤算』(角川書店)を刊行、その中で「新自由主義が、弱者に牙をむきだしにしているかのよう」「(非正規労働者問題は)竹中平蔵氏や、経済財政諮問会議の元メンバーである八代尚宏氏らの、非人道的な許しがたい失政によるもの」と書き、構造改革路線や市場原理主義を批判。「今、世界中の人々が、同時に来るべき時代の新しいビジョンを模索しています」として「保守リベラル」というキーワードを掲げた。では、タクシー業界の「来るべき時代の新しいビジョン」とは何か。加藤氏に聞いた。
「自由か規制か」という根本問題
― 最新刊『劇場政治の誤算』では構造改革路線や新自由主義一辺倒だった政治を厳しく批判されています。長く続いた規制緩和と不況により、疲弊しきったタクシー業界からすれば共感するところが多々ありました。
加藤 どこの国でも市場に100%任せれば良いと思っている人は少ないだろうし、同時に役人が個人と企業の「箸の上げ下ろし」にまで目を配るような規制を敷いて運営できるとは誰も考えていないと思う。当時の小泉(純一郎)政権において新自由主義的な行き方がだんだん強くなり、「民間でやれることは民間に任せ、政府は可能な限り手を出さないようにしよう」と当然のように言われるようになった時、誰もが「なるほど」と思いつつ、心のどこかで「本当にそれだけでいいのだろうか」という疑念を持っていたと思います。
私は「農林族」と言われる人間ですが、毎日のようにタクシーには乗っており、タクシー業界のここ2〜3年の変わりようは目にしてきましたし、政治家として比較的、面が割れている方なので、乗務員さんからいろいろな要望を訴えられたりもしてきました。けれど一方では以前、「新橋までワンメーターで申し訳ないけどお願いします」と言ったら、「お客さん冗談じゃないよ」などと言われて嫌な思いをしたのも記憶に生々しい。だから「タクシー業界の規制はどうあるべきか」についてはずっと考えてきました。ただ、このことを突き詰めて考えると、最初話したように「自由か規制か」という根本の問題にまで行きついてしまいます。
需給問題について言えば、「乗車拒否」が頻発していた頃と「いつでも乗れる」という現在の状況を比較すれば、利用者にとっては間違いなく良くなった面もあります…。
「運転者資格」の問題
― たしかにその面では利用者利便が向上したといえるかもしれません。
加藤 そういう観点からみれば「台数規制はするべきではない」というのも一つの考え方だと思いますね。そうして車が増えすぎタクシー会社の経営が成り立たなくなる、あるいは乗務員の待遇が悪化する、となったとしたら、ふつうは会社は台数を減らすだろうし、乗務員志望者も減り、自然に需給調整が進むこともあり得るはずだったのです。
ところが、この1〜2年、業界の皆さんで議論を重ね、今回、法律案を出す運びになったのでしょうが、そんな時たまたま不況になって乗務員志望者が次から次へと来るようになった。ならばタクシー会社としては薄利多売でいいから台数を増やし、乗り切ろうと考えたのでしょうか。台数は減っていません。それに加えてタクシー事故が減っておらず、むしろ増える傾向さえあることも国土交通省の統計からは明らかです。その意味で難しい局面にあるといえます。
どうするべきか。まずはハンドルを握る人の「資格」の問題ではないか。昔は、お客様を乗せる二種免許を取るのは難しかった。今は誰でも簡単に取れ、すぐタクシー乗務員になれてしまう。
この点、イギリス・ロンドンのタクシーは独特です。20年ほど前、渡英した時、乗務員に尋ねたり、滞英期間の長い知人の話を聞いたりしたのですが、ロンドンタクシーの志望者は資格を取るまでに2年くらいかけて助手席に乗って道を覚えるのだそうですね。他方、最近の日本は簡単に二種免許が取れるものだから、次から次へと新しい乗務員が入ってきて秩序を乱している面があるのではありませんか。すでに二種免許をもって乗務している人に再度、試験を受けさせるのは無理なのかもしれませんが、「資格」の問題は何か考えなければならない時に来ているのではないかと思います。
― 業界にはすでに「運転者登録制度」というものはありますが、「資格」というほど厳しいものにはなっていません。「運転者資格制度」を設けるべき、との議論は以前からあります。ただ、事業者の中には反対する向きも少なくない…。
誰もが認める「公理」がある
加藤 そこはそれぞれの利害調整が必要になるでしょうね…。
私があの本(『劇場政治の誤算』)で書いたのは、「完全な自由競争はあり得ない。どこまでを自由にさせ、どこから規制するかという基準、妥協点があるのではないか」ということです。
これについてここ3〜4年つくづく思うのは、誰もがそうだと認める原則―「公理」が存在するのではないかということです。1つ目は「いくら経済的便益のための競争とはいえ、人の命にまで影響を及ぼすような競争は認められない」ということ。2つ目に「人権や自由を著しく侵害するような競争は認められない」。3つ目として「環境を破壊するような競争は認められない」ということも認知されるようになった「公理」でしょう。さらに4つ目の「公理」として「地域社会を殺伐とさせ、壊してしまうような競争は認められない」という思いを誰もが持ち始めているのではないでしょうか。
例えば、巨大なスーパーマーケットをつくることが認められるようになって、次から次へと立地され、次々と「シャッター通り」が生み出されてしまった。地域の商店街を殺してしまった。自由な競争の結果であり、消費者の便益のためだからしかたがないという理屈は確かにある。しかし、例えば佐賀市ではある巨大スーパーが13年以上営業していたのに儲からなくなったので、4キロほど離れた同じ市内の別の街道筋に移転して新たに開業した。前の地域では地元商店街がすでに「死の街」となったまま復活せず、今度移った地域の商店街はまたダメになりつつあるという。いくら自由競争だからといって、はたしてこれでいいのか、許されないのではないか、ということです。
地域協議会開催が「最後の答え」
これと同様にタクシー業界も、空車が延々と連なったり、乗務員さんが生活していけなくなったり、といった「地域の公共交通機関のあり方」という観点からの、ある程度の規制はあり得ると思うのです。それにあたっては自治体や住民代表、タクシー会社経営者、乗務員の代表、専門家らが集まって、その地域の望ましいタクシー運営のあり方を討論する場所が作られればいいんじゃないかと思います。
その際、東京には東京のタクシーのあり方、仙台には仙台のあり方があるということで、各地域でタクシーのあり方を話し合う協議会を設け、その中で独自の運賃を決めたり、どこまで自由にし、どこまで規制するかを決めてもらう、というのが最後の答えではないでしょうか。
例えば、仙台の協議会では「仙台のタクシーはロンドン並み。乗務員は小路に至るまで地理は全部分かっていなければならない」と決めてもよいのではないか。そして「仙台のタクシー運賃は若干高いけれど、ボラれることもなく必ず安心して目的地に届けてもらえます」と宣伝すればよい。このほか、いろいろ考えられるのではないでしょうか。
― たしかに業界で1年ほど議論した結果、国会に提出された「特定地域における一般乗用旅客自動車運送事業の適正化及び活性化に関する特別措置法案」では、地域の代表者が地域協議会でタクシーのあり方を話し合うことになっています。
その主たる目的のひとつには供給過剰地域の減車を促進させることがあるのですが、「独占禁止法の適用除外にしてもらい、地域の全事業者を減車させる」といった強制的なものではなく、減車する気のある者だけが自主的に減車をするというスキームで、参加しない事業者は減車しなくてよいということになり、どのくらい実効性があるのか、みな懸念を抱いているのが現状です。そうしたところに民主党がこうした懸念に配慮したかのような法案を提出してきています。
「民主党が利用者の立場考えたか疑問」
加藤 どういう法案ですか。
― 道路運送法を改正して、需給調整規制を復活させ、同一地域・同一運賃に近づけるという内容です。
加藤 民主党の法案は本当に考え抜き、利用者の立場も考えた末につくった法案なのか、私は疑問ですね。仮に経営者が望むような形で減車を進めるとしたら、結局、昔のような状況に戻り、乗車拒否が頻発するという事態を繰り返すことになるんじゃないですか。法でもって減車をさせるということになっていくとなれば、その減車補償の話まで出てくる。
例えば、かつて北洋サケ・マスが日ソ漁業交渉の結果、漁獲量を縮小せざるを得なくなった時、政府が莫大な補助金を出して漁船の減船を進めたことがありました。しかし、国内の一地域における過剰供給を調整するために同様のことができますか?できないですよ、タクシー業界に対して。
地域協議会に利用者も入ってもらい、納得してもらった上での需給調整ならばあり得ると思います。その際、皆で決めたスキームを守ろうとしない事業者が現れ、正直者がバカを見るのは納得できないでしょうから、それについては経営者、運転者、利用者が一緒になって「地域協議会で決まったことを守ろう」と声をあげるという形で対抗するしかないと思います。
「地域協議会 ?マーク制度」を提案
― 「地域社会の力」ということですか。ご著書にも書かれていましたね。
加藤 最終的にはそれが解決の力になりますよ。
例えば先ほどの「運転者資格制度」にしても、地域協議会でその中身を決めてきちんと実施し、「地域協議会に参加している会社、賛同している会社の乗務員はそのための訓練を積み、その資格に値するドライバーです。アウトサイダーの会社のことは分かりませんが、安心して乗れる乗務員のタクシーには『地域協議会
マーク』を車体に貼付しています」という制度をつくってもいいじゃないですか。
「地域社会」はあらゆる問題を解決する「総合病院」
締め括りになりますが、今の新自由主義経済は1980年代のサッチャー政権から始まっています。サッチャーさんは当時、「世の中には『個人』と『市場』しかありません。この世界には『ソサエティ(社会)』なんて変なものは存在しない方がいいんです」と発言して大騒ぎになったんです。
このソロバン勘定、経済原則のみで物事を考え、「個人」と「市場」しかないと考えて進行してきた経済原理が米国のレーガン政権へ行き、日本の中曽根政権に向かい、小泉・竹中路線まで来たわけですが、その最後の姿が今回の「金融大危機」となり、最終的に全世界に経済混乱をもたらしてしまった。そうした一連の動きの中から、「『社会』を尊重しよう」という流れが出てきているんだと思います。
その意味で先に話した「地域社会を壊すような競争は認められない」というのは世界の流れだといえるでしょう。とくに日本は元来「地域社会」を大事にしてきた国ですから、このことはますます重要だろう、と。
「地域社会」というものはあらゆる問題を解決できる「総合病院」みたいなところがあります。そこで、利用者である住民や行政関係者とまっとうな議論を行い、「これでいこうじゃないか」とまとまることができれば、これをぶち壊すような個別会社の動きがあったとしても克服する知恵は必ず出てくるはずです。
従来の地域協議会は県庁などが声をかけ、ともすればその意向に従うような住民代表だけになりがちだったけれど、そうではなく本当の利用者代表が入る、本当の乗務員の代表が入る、そうして本格的な議論を開始する―それが「答え」じゃないかと思います。
― 本日は有り難うございました。(5月19日収録、聞き手:三井貴也)
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