規制回帰の米国タクシー事情と日本
日の丸交通がOECD報告研究
日の丸交通(富田昌孝社長=日の丸自動車グループ代表・全タク連会長、文京区)ではこのゴールデンウィーク明け早々に、2007年に開催された経済協力開発機構(OECD)政策ラウンドテーブルの報告書「タクシーサービス:競争及び規制」のうち、米国でのタクシー規制緩和実績に関する部分を独自に翻訳し、規制の枠組みや法的な背景について研究を始めた。「日本では無理」とされている同一地域・同一運賃が、なぜいまだに米国では堅持されているのか?大半の州や郡・市ではなぜ、需給調整規制が維持され、少数の規制緩和例も目覚しい成果を挙げるに至らず、部分的にあるいは全面的に規制強化に戻ってしまったのか?わが国への応用は本当に無理なのか?手始めの一歩の一端を紹介する。
再規制の総仕上げに不可欠な 強制減車」と「同一地域・同一運賃」
本報告書全体は2007年に公表されたもので、250ページを超える。全編、英文で書かれており、その内容が学識者等によって言及された場合、当該識者の引用または紹介の発言という形で報道されたことはあったものの、報告書そのものが和文に翻訳されて紹介されたことは本紙の知る限りではなかったようだ。日の丸交通の富田社長は、全タク連会長として「再規制の促進」「需給および運賃規制強化を内容とする法案の国会提出と早期成立」を図る立場にあるが、現在国会上程中の「特定地域におけるタクシー事業の適正化及び活性化に関する特別措置法案(タクシー適正化新法案)」が、必ずしも再規制の総仕上げとまでは政省令、通達の整備されていない現時点では言い切れないことや、また同氏自身が強制減車、同一地域・同一運賃への思いを捨て切れていないことなどから「米国では可能で、なぜ日本ではできないのか」ということを調べてみることを思い立ったようだ。
規制の現状と規制緩和の試み
前置きはこのくらいにして、早速今回翻訳された米国の規制緩和実績に関するレポートの内容を紹介しよう。米国に関する記述はOECD米国代表団によるもので、前半は「米国でのタクシー規制の現状」に関するもの。過去からの歴史や経緯を含んでいる。後半は「米国における規制緩和の試み」について記述し、複数の例に触れ、とくにワシントン州シアトル市(1979年規制緩和)、インディアナ州インディアナポリス市(94年同)、ミネソタ州ミネアポリス市(2007年同)の例を詳しく紹介した上で、終盤では「米国実績からの教訓」「結論」という流れになっている。
「米国でのタクシー規制の現状」では、まず規制の主体について「州または地方」とし、わが国の公正取引委員会に相当する「米・連邦取引委員会」のこの分野における関与を「業界における規制緩和を支援する活動に向けられている」と位置付けた。連邦取引委の報告書からの引用による主な結論では「参入規制(量的制限、人口に対するタクシー台数の比率、住民の利便および必要性に基づく制限)は、もっともらしい理論上の議論によって裏づけできるとは考えられない」とし、「参入自由化によって生じた問題(脚注において「客待ち待機列が長くなりドライバー同士の口論が乗り場で始まる」ことや「短距離客への乗車拒否」を例に挙げるほか「流し営業」「空港等の乗り場」など、利用者がタクシーを選択できない場面では企業間の価格競争が起きないことを指摘している)には最高運賃規制など他の規制上の対応の方が効率的だ」と主張している。
「劇的なことは何も起こらなかった」
その上で報告書は、「2007年現在、米国内でのタクシー規制の全般的な状況は84年当時と大差ない。つまり、その間、米国のタクシー業界には劇的なことは何も起こらなかった」と表現している。むしろこの間、さまざまな形での規制強化が進行しているとして「多くの大都市では何らかの方法で相変わらず参入および運賃を規制し、提供可能なサービスのタイプ(例:1社当たり最低車両数、電話での配車24時間対応、1週間通しでの対応、相乗り、乗車拒否の条件、営業地域の定義、要求される派遣応需能力、タクシーメーター)、車両及び運転者の特性(例:車両の使用年数及びデザイン、標識、ドライバーの犯罪歴、町の街路及びランドマークの知識、記録の保存、整理整頓、英語表示を備えた施設、感受性訓練)、及びサービス品質(例:車両の清潔さ、最大対応時間)をも規制する。さらに管轄当局はしばしばドライバー1人当たりの1日最大稼働時間、免許の譲渡可能性、安全点検の頻度、保険及び保証金の要件を規制する。最近、一部の都市では1ガロン当たりの最低走行距離の要件や、低公害排出車の特定タイプ要求などを制定して、タクシーの環境に与える影響を規制し始めた」とする。
報告書ではその結果として「参入規制の厳格さは、それ自体、タクシーキャブの免許の価値の高さを明らかにする」と批判し「競争原理の機能する、参入自由な市場での営業権の価値はゼロである」と主張(2007年6月現在、ニューヨーク市では法人タクシー1両59万ドル、個人タクシー1両42万3000ドルでの落札例があるという)。また、こうした事実が「参入制限がタクシーサービス提供の収益率を、他の事業のそれ以上に押し上げた」とし「規制がないと仮定した場合より、金額はより高く、走行回数はより少ないことを示唆している」と指摘。財産的な価値の暴騰が、経営効率の低下の原因のひとつだと非難している。ただし、米国内の論者にも「こうした高額な価値が、ドライバー・事業者の免許剥奪へのおそれから、より良い行動を確保するメカニズムを提供する」との主張があることも併せて紹介している。
シアトル等3都市の実績を検証
次章「米国における規制緩和の試み」では、各都市の一部に見られた規制緩和の試みについて触れている。導入部では「1930年代、米国ではほとんどの都市において参入制限措置が採られていたが、それ以来現在に至るまで規制緩和の試みはあまりなされていない」と強調。その上で「ひとつの例外として70年代後半から80年代前半にかけていくつかの中都市で参入の難易度を和らげる法改正が実施されている」とする。そこでこうした少数の例の中から上述した3都市(シアトル市、インディアナポリス市、ミネアポリス市)の例に触れていく。
シアトル市の例では79年に参入を自由化し、会社ごとに運賃・料金を設定できるようにした。自由化の影響については「論議のあるところだ」とし、利用者によるタクシー選択の効かない乗り場運賃が上がったのに対し、選択可能な無線タクシー運賃は値下がりし、差し引きではトータル5%程度の値下げにとどまっているとする。もっとも、別の報告書からの引用では「運賃・料金に正味の差はなかった」として、規制緩和による消費者メリットの存在そのものが否定されていることも紹介している。いずれにしろ「期待されたほどの効果は産んでいない」とのトーンであることは間違いない。他方、マイナス面の影響については「新規参入したタクシー車両が空港乗り場にどっと押し寄せた結果、待機列が長くなりドライバー間の諍いが起きるようになった」と指摘。同時に「先頭乗車のため価格競争は起きなかった」とし、こうした結果を踏まえ空港側は「運賃に上限を設け、その後新たな参入を禁じた」「さらに郡当局が空港を排他的フランチャイズ制に移行し、2007年現在も続いている」という。
給与と利益は減少、延びる待機列
一方、同市での規制緩和直後に当たる80年に実施された調査によれば「サービス面にはプラスの評価がなされている」と紹介しつつも、「シアトル市とそれをとりまくキング郡では、自由化による運賃・料金のバラつきと長い待機列の回避とを目的として84年から新規事業許可が一時停止され、固定料金制度が導入された」とする。それから12年経過した96年の報告によればホテル、コンベンション、観光業界から「ルール違反に対する説明責任を負わせることの難しい個人(ノンフリート)タクシーへの不満が大きくなった」とし「97年、市と郡は広範な新車両・ドライバー試験規程を導入し、タクシー車両はすべて15両以上の認可組合加盟が義務付けられた。また、個人タクシードライバーへの監視が行えるよう、ドライバーが違反した場合、その加盟する組合を処罰できる制度を設けた」という。これに伴って07年現在、シアトル市のタクシー事業免許は1件(両)につき17万5000ドルの高額で取引されることとなり、最近になって市・郡は「いかなる新規タクシー事業の免許も譲渡不能とする宣言を行った」としている。
インディアナポリス市では94年からタクシー規制緩和を実施し、「より市場志向型の取り組みとして小型乗合バスやミニバン(ジャンボタクシー)の運行を許可した」とし、結果、車両増、運賃値下げにより「ドライバーの給与と利益は減少した」「待機列の長さは現在もそのまま」だという。またミネアポリス市では06年時点で参入制限、固定運賃制度を維持しており、営業権も1両当たり2万5000ドルであったという。しかし、同報告書によれば「市当局は参入側が公共利便性・必要性を挙証しなければならないPCN規定を廃止し、段階的参入規制緩和のプロセスに入り、2011年には完全自由化を実施する予定になっている」とする。また規制緩和と同時に「環境への影響性、車椅子での利用可能性、最低事業規模に関する新規立法を行った」として、一応の社会的規制強化を並行して実施する考えであることを示している。
サービス刷新の形跡はほとんどなく…
「米国実績からの教訓」の章では、これらの規制緩和実績の検討の結果、@車両台数やタクシー会社の数が増えたことで雇用機会と車両の就業時間が増えA新規参入者の大半は無線配車能力を必要としないタクシー乗り場市場を支える個人タクシーで、乗り場では客待ち待機列が長くなりB時折、新規の無線タクシー会社が業務を始めるが、それは特異なケースでありCサービス刷新の形跡はほとんど見られないことが窺われる――などとしている。また、「米国での規制緩和実績はタクシー運賃・料金の相対的変化がほとんど認められず、運賃面での規制緩和利益の明確な提供例を示すに至っていない」とする。この背景には「タクシー市場での顧客でリピーターは珍しく、今後の贔屓を見越した値引き動機につながり難い」「タクシー利用の電話予約を繰り返し得る上で、到着時刻厳守が最も大事な要件であり、価格は(妥当な範囲にある限り)どちらかといえば、あまり重要ではない」ことがあるとの見方を示している。
こうしたことから得られる貴重な教訓として報告書は、「今後、規制緩和を試みる際には、変化を管理する当局が、タクシー乗り場や空港現場での価格競争発生保証に、より大きな注意を払わなければならないか、さもなくば、かかる現場の扱いを無線タクシー部門とは異なる扱いにするということがある」「米国の事例によれば、両者の規制を異なるものにすることで、利益がもたらされそうだ」との考え方を示す。
“流し”部門への配慮が不可欠
最後に「結論」として、「米国のタクシー業界は引き続き厳しい参入制限が敷かれている」としつつ、「こうした制限は最高運賃料金の規制が有効に実施されている限り、厳密には必要のないものだ」と主張する。と同時に「規制緩和には、特に空港・乗り場市場部門(日本なら流し営業部門を含むことになろう)の取り扱いについて注意を要する。実績によれば、これらの部門では価格競争が起きそうになく、公共性の保護と適正な参入レベルへの誘導に向け、適切な最高運賃規制が必要となりそうだ」などとしている。
いうまでもないことながら、専門家の手になるものとはいえ翻訳文ならではの読みづらさなども感じられる。ただ、米国での規制緩和実績レポート全体を通して言えることは「参入、運賃の規制を合理化するもっともらしい理屈はない」としながらも、「規制緩和が大成功を収めた例」も彼等自身が見出し得ていない現実である。連邦政府(あるいは連邦取引委員会)としては米国でのタクシー規制緩和を促進したい意向が強く窺えるものの、州、郡・市レベルでは必ずしもそうなっていないのが現状のようだ。
なぜ米国で許される? 「同一地域・同一運賃」
われわれは、本報告書によって米国での規制緩和の実情をある程度再認識することができた。次の段階として「米国での規制維持の現状」をさらによく知る必要もあるだろう。日本では憲法上の財産権を盾にダメだとされている需給調整(あるいは強制減車)、独占禁止法やそれを背景とした判例を盾に困難視されている同一地域・同一運賃(本報告書上の表現を借りるなら「固定運賃制度」となろうか)が、米国ではなぜ許されるのか?富田氏の研究も次の段階を迎える必要に迫られているのではないだろうか。
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