コロナ禍前提の運賃改定とそれ以前
　コロナ禍以前のタクシー運賃改定事案の審査基準によれば、当該運賃ブロックにおいて最近の実績年度1年間を実績年度とし、実際に申請・要請があった年度の翌年度（＝実績年度の翌々年度1年間）の事業収支を合理的に推計し、査定を行うこととされている。例えば東京都特別区・武三地区の要請開始は21年12月24日であるから、コロナ禍がなければ実績年度は直近の1年間ということで2020年度（20年4月1日〜21年3月）ということになっていたはずである。
　その上で、現行の審査基準に従えば、過去5年間の実績の推移及び将来における合理的な予測を基礎に、「輸送力及び輸送効率等」を算定することとされており、但し書きにおいて、�@実績年度実車率が当該ブロックの直近5カ年の加重平均実車率（＊以下、基準実車率という）を上回る場合には実績年度実車率をもって算定を行うものとする�A実績年度実車率が基準実車率を下回る場合には実績年度実車率と基準実車率を和半した数値をもって算定を行うものとする―と定められている。
　実際には旅客課長事務連絡が発出されたことにより、実績年度は2020年度でも19年度でもなく、2019年暦年が適用されることとされており、20年1〜3月におけるコロナ禍による営業収入低下という要素は完全に排除され、過去5年間の実績値から合理的に推計すると平年度の事業収支は良好な数値となってしまい、要否判定の段階で運賃改定不可となるか、改定増収率が小さくなる見込みとなっていた。
　なお、但し書きの�Aが適用されても、乗務員不足による供給輸送力の停滞により結果として実車率だけは高めに出る傾向も考えられ、平年度の予想値にある程度の実態を反映できる要素を持ち込まなければ、査定値と実態との乖離が大きく出てしまうことは避けられない。

東京都特別区・武三地区の場合　〜事務連絡に基づく審査
　特別区・武三地区の場合、上記の通り現行審査基準に基づき、コロナ禍はなかったものとして取り扱う事務連絡を適用して査定を行うため、前述した通り査定結果としての平年度の事業収支と実際に生じる事業収支との間には大きな乖離が生じるものと考えられる。
　全タク連の速報値による全国各都道府県の総営収の対19年同月比較でも今春辺りの数カ月間でも20〜30％程度の減収が続いており、本来であれば改定増収率で15〜25％程度なければ事業収支は償わないはずであるが、実際に見込まれるのは10％前後ではないかとの見方がもっぱらだ。

国交省が定める新しい運賃審査基準　〜アフターコロナを前提に
　国交省では過日全自交労連の夏季セミナーで旅客課担当官が公開の席で「アフターコロナを前提としたタクシーの運賃改定のあり方について」と題して講演しており、極めて観念的ではあるが、その考え方について説明している。
　要約すると、アフターコロナにおいてはコロナ前の水準の総需要の回復は期待できず、いわゆる「8割の壁」も念頭において、平年度の需要を推計し、それに見合う原価を用いて査定するということである。その結果、キャッシュレス化決済や燃料費等のコスト増を原価に反映し、かつ売上高はコロナ前より相当程度低水準となることが予想されるから、事業収支の赤字幅は大きくなり、したがって改定増収率に上乗せが生じるということだ。
　全タク連正副会長会議ではもっと具体的な仕組みについても説明が加えられており、「新型コロナウイルス感染症の影響を踏まえたタクシー運賃改定の方針について」と題して紹介されている。
　とはいえ、制度の詳細にわたって明らかにされているわけではなく、いくつかの指標と考え方について説明されているだけで、新たな運賃改定の方針が適用された場合にどの程度改定増収率に跳ね返るのかまではわからない。ただ、運送収入の推計値は19年暦年に比べて5〜10％程度低く出るようで、その分改定増収率が大きくなるのではないかとみられている（もっとも平年度の運送収入推計値が下がるのであれば、それに見合う人件費総額もある程度下がるだろう）。
びっくりするほどの跳ね返りがあるかどうかは分からないが、今後の事案について改定増収率にアフターコロナ推計値を反映してゲタを履かせるという国交省の意思表示とみることはできそうだ。

新基準での要請・申請　どこからどこまで？
　とはいえ、特別区・武三地区の運賃改定要請事案のようにすでにはっきりと新しい運賃改定方針の適用対象外であると明言されているものもあるし、すでに審査入りしている事案は特別区・武三地区と同様の取り扱いになるのか、また、要請・申請受付期間中となっている事案はどうか。
国交省の新方針が発出された後の要請・申請事案については当然、その適用を受けるものと、いまのところ考えられているが、適用時期についても新方針の中で明示されるかもしれず、現時点でははっきりしない。これについては、通達なり事務連絡なりが出るのを待つしかない。
改定増収率次第では「もう1回」
　というわけで、特別区・武三地区のように結果として改定増収率が満足できるレベルになかった場合、もう1回運賃改定に挑戦するのかというのも一つの課題。20年2月の全国48ブロックで改定実施済みの地域でも、コロナ禍を経て再度運賃改定に挑戦しようという地域もあり、東京で同様のことがあっても別段不思議ではない。＜了＞
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